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そもそも何から確立したらいいの?

本当に大事なことが100も200もあったら上達しようがないでしょう?


多くのアマチュアーゴルファーが

「兎に角は平らなところからフルショットで真っ直ぐ打てないと」

と考えているようですが、果たしてそれは正しい発想なのでしょうか?

プロの試合を観ていると、様々な場面からいろいろなショットを駆使してスコアーメークをしていますよね。

アマチュアーの方々とお話をすると、それはプロのような上手い人だからできるのであって、あくまでも平らなところからフルショットで真っ直ぐ打てるようになってからの話だと捉えているようです。

それって本当なの?

本当にいろいろなショットを打てるようになることは、平らなところからフルショットで真っ直ぐが打てるようになってからでないとダメなの?

練習では実際に意図していないのでしょうが、いろいろな球筋が出ているのですよね?

そしてそれを常に

「できない自分」

「失敗した自分」

「ゴルフは難しい」

という感覚を育むだけのネガティブな経験

として積み重ねているのです。

「嗚呼、ゴルフがそうしたものでなければならないならば、ゴルフなどしたくない」

というのが、私の本音です。

そうしたゴルフしか知らずとも、時折訪れる神の微笑・・・「良い当たり」だけで、ゴルフは楽しいと感じられるその歪み。

とても不幸なことだと思います。

そして、それがあなた自身が選択したのではなく

周りから押し付けられたゴルフ観だとしたら

それこそ恨んでも恨みきれないです。

この『まずは平らなところからフルショットで真っ直ぐ』という発想

主なものだけでも3つの大きな問題が存在するのです。

そしてその結果、とても達成し難い前提条件になっているのです。

3つの主な問題を考える前に、現在世界ランキング1位のタイガー・ウッズでさえも、ドライバーを真っ直ぐフルショットで打てないという現実を多くの皆さんが目にしているのです。

それにも関わらず、それをまず自分自身が達成する前提として設定することに何の違和感も感じていないということをどうお考えなのでしょう?

普通に考えれば、世界一と言われるゴルファーができないことを、自分自身がまず達成すべき前提条件に設定すること自体が極めて的外れなことだと簡単に気づく類のことのはずです。

しかし、そうしたことを考えることさえも放棄して、日々「わかった!」「つかんだ!」を繰り返すようにさせられてしまったゴルファーが多いということを問題視しないといけないとは思われませんか?

それは、皆さんが慣れ親しんだ

ゴルフレッスンという独立したカルチャーの洗脳

によるものと考えなければならないのです。

紙面でのプレゼンテーションのやり易さという唯一の理由によって、

①平らなところから

②フルショットで

③真っ直ぐ打った時の

④結果として表面に現れる形を、

⑤説明に都合のよりところだけを抜き出して説明する

という手法の罠にはまってしまっているのが多くのゴルファーなのです。

さて、話を元に戻して、この「まずは平らなところからフルショットで真っ直ぐ」の3つの問題点というお話し。

1つ目は、ゲーム的な要素。

2つ目は、人間の機能面からの問題点。

そして3つ目は人間のメンタル面における問題点です。

1つ目の理由、ゴルフのゲーム的な本質は、皆さんもご存じのとおり「ゴルフは二度と同じシチュエーションから同じショットを打つことが無い」と言われるくらい複雑なゲームです。

ゲームとしてゴルファーが要求されていることは、バリエーションに富んでいるということです。

「平らなところからフルショッで真っ直ぐ打つ」という技能を基準として考えることが、ゴルフで要求されていることに対して適切なのか?と問われれば明らかにNOなのです。

そもそも、殆ど平らなところが存在しないのがゴルフ場で、もちろん練習場のように真っ直ぐ狙える場所ばかりではないのがホールです。

そして、平らなところからのフルショットで真っ直ぐ以外を例外として捉えて技能を習得するという発想があまりにも的外れなのです。

それも、そうした『特例』を基準に設定し、結果としての形を説明するという方法を選択することで、その『特例』をするだけでも、多くの並列的な項目を記憶し、確認し、実行しなければならないものに化けさせてしまっているということが大きな問題です。

そうなると、「二度と同じシチュエーションから同じショットを打つことが無い」と言われるゴルフのゲームをするためには、どれだけの特例を抱えなければならなくなるのでしょう?

そう考えると恐ろしいことです。どうやってもゴルフを楽しめるようにはならないような気がします。

もっと恐ろしいのは、知らず知らずのうちに、そうしたチョイスを基準として選択してしまっていることに気付かずに日々努力を重ねているということです。

"100% NO THANKS FOR ME!!"です。

2つ目の理由。

もちろん簡単に人間の機能面と言ってしまって良いようなものではありませんし、ここで引用する一つの例にとどまるものでもないですが、この考え方が人間の機能にとって、極めて習得しにくいものにしてしまっている原因の一つであるということは100%確実です。

この100%確実という言葉。科学者にとっては、とても勇気の要る言葉なのです。

しかし、それほど確実なことなので敢えて100%と言います。

そもそも人間の感覚というのは本来極めて繊細且つ正確なものなのですが、繊細になるためには、比較対象というものが不可欠になるのです。

もちろん、技能の向上とともに、その繊細さや正確さはより緻密に正確になってくるものですが、習得過程の入り口にあるものにとっては、パフォーマンスの「目盛」は粗い状態なのです。

少しの違い、少しのズレは感じられないということです。

つまり、「まずは平らなところからフルショットで真っ直ぐ」という基準を設定することで、この比較対象の不在ということになります。

まして、習得過程の入り口にあるゴルファーが一つのことばかりをやることで、実際に自分ができているのかどうかを判断するのが極めて難しくなっているということです。

AさんとBさんは少し似てるよね。

BさんとCさんは少し似てるよね。

CさんとDさんも・・・・XさんとYさんも少し似てるよね。

でも、AさんとYさんは全くの別人だよね。

というやつです。

微妙なズレはわからない。

つまり、一つの練習ばかりしていると、ズレに気づかない。

その無防備な状況設定の中で

反復練習を繰り返し

自分にとっての違いを認知できないまま

少しづつズレてゆき

10分も経てば全くの別物になっていても、まだ気づかない。

そして、何も築けない。

これに対して拍車をかけるのが、人間の優れた機能である、その場での適応能力というやつです。

単にその場で何回も何回も反復していれば、無意識に修正をし、適応をして、そこそこのことをできるようになるのが人間の優れた能力。

でもそれを「できた」と勘違いしてはいけないのです。

ゴルフは一打一打異なる状況から異なる目的をたったの一打である程度の結果を引き出さなければならないゲームでしたよね?

なので、こうした連発の偶然ということは期待できないし、技能の習得に於いても何の価値もないと考えるべき要素だと思いませんか?

そして、もっと厄介なのが、効率の良い方法でなくても、なんとか結果を引き出そうと努力してくれるのが、人間の持っている機能なのです。

つまりズレていることに気付かずに、ズレたまま反復を繰り返し、そのパターンを確立しようとする。

そうなるともちろんズレたままのパターンを確立することになるのです。

そして、ひとたび確立されると、脳は忘れてくれないのです。

これが「悪癖」。それは、どこかの形をちょこっと弄ったことでなんか、治るような輩ではないのです。

そしてパターンは確立されたものの、もちろんズレた(非効率)パターンなので、どれだけ磨いでももちろんエラーは起こるということになるのです。

当初から1つ目の要素を考慮し、2つ目の機能を理解し、ゴルフの習得を構築してゆくことで、習得は加速度的に早くなることは間違いないのです。

すでに間違った方法である程度のことを構築してしまったゴルファーでも、もちろんこの先を考えた時に根本のシステムを作り直した方がゴルフの質は著しく向上することは間違いないのです。

なぜなら、そもそも非効率的な動きはどれだけ磨いてもエラーが起こるものですし、体力、筋力の衰えとともに、機能しなくなるのは必然なのですから。

3つ目の問題点はメンタル的なもの。

近年のメンタルトレーニング流行りで、多くのゴルファーもメンタルトレーニングなるものを聞きかじったことがあるのではないでしょうか?

でも、ゴルフレッスン書に書かれているメンタルトレーニングなんて、大学一年生の心理学入門の教科書の一部分の聞きかじりの伝聞程度のものですから、それをしてメンタルが云々と言ったって、なんの効果も期待はできるわけがないのです。

それに、ラウンドの時だけ「できるぞできるぞ」と言ってみたところで、練習で腐るほどの失敗例ばかりを繰り返している人が、本番の時だけ「できるぞ」と言ったところでできるわけがないのです。

一方では、ゴルフレッスンでもメンタルが云々などと話しているレッスン・プロが存在するものの、それは単に孤立した薀蓄として言っている程度のもので、そうした知識を考慮して動きの習得過程で役立てる工夫をしていない限り、薀蓄の範囲を出ないことは明確なのです。

どういうことか?

フック系、スライス系、ストレートと大別すると(まあ、本来は大別する必要もないですし、そうした名前もわざわざ付けて、知識としてひけらかす必要もないことなのですが)、物理的にはストレートが中立のものです。

つまり、どっちにも転がり易いということです。

それを基準にするというコンセプトの是非はともかく、とにかく中立にあることは結果を出しにくいということなのです。

どちらかに極端にパフォーマンスを設定してしまえば、逆のことを実行するということはとても異なる動き、異なる感覚なので、実は実現しやすいし、実際に実行している本人が違いを把握しやすいのです。

なので、

わかり易い

差別化しやすい

反復練習しやすい

そして成功例を作り易い

どれだけ真っ直ぐというのが価値があるのかというお話はさておき、そうしたどちらにでもズレやすい真っ直ぐを基準にすることで、もちろん「失敗例」の確率は上がります。

つまり、「できない」自分のオンパレードになるわけです。

その、「できない」オンパレードがあなたの習得にとってプラスになるのかマイナスになるのかというと、冷静に考えれば、誰でもマイナスだということはすぐにわかるのではないですか?

しかし、多くのゴルファーがそんなことを考えることも放棄し、「なるほど!」「わかった!」の鵜呑みを繰り返しているのですよね・・・ご苦労なことです。

しかし、ゴルフでは、多くの方々ができないことをやれるようになるために頑張って我慢してできるようになるまでやり続けるという道を選択しているのです。

最近ではMental Flowだとか、Positive Thinkingなど、心理学的なことが巷でも話題になることがあります。

そうした情報や心理学を聞きかじったことのあるゴルファーの皆さんであれば、このゴルフの状況が極めてメンタル的に悪い状況であることはすぐにお気づきになると思います。

が、しかし、そうした知識を持っている人でさえ、こうした状況に自分が置かれていことにさえも気づきもしないのです。

そしてその練習の過程で、

やっていることそのものがズレていることにも気づかず

比較対象が存在しないために自分自身の感覚の差別化もできず

ただただレッスン書を読んで記憶した

結果としての形を思い出し

悪い部分をあてずっぽうで推測し

修正しているつもりになり

黙々と更なる失敗例を重ね

人間のその場での適応性という有能な邪魔者のおかげでその場でできたつもりになる

という練習を繰り返すのです。

そもそも多くのゴルファーが「いの一番」の目標に掲げている、「良い当たりで真っ直ぐ飛ばす」というのは、現実では至高の目標なのです。

現在の世界ランキング1位のタイガー・ウッズでさえ、ドライバーではできていないことなのです。

なのにそれがあなたの基準ですか?

まずは良い当たりで真っ直ぐですか?

この「平らなところからフルショットで真っ直ぐ」というのが単純でいられるのは、唯一レッスン書という「結果としての形を都合の良いところだけを抜き出して言葉で説明する」という枠の中だけなのです。

実際に人間が技能を習得する、感覚を培うという観点で考えた時には、どちらも極めて可能性の低いものにしてしまう発想なのです。

最後に余談ですが、真っ直ぐということがそんなに価値があるのか?ということを少し考えてみましょう。

ゴルフ場はおおむね縦長ですよね?

縦の距離より、横の幅の方が広いなどというホールにお目にかかった記憶はないくらいに存在しないのでしょう。

そして、どちらか一方が危険エリアというホールがとても多い。

つまり、真っ直ぐを打つということで、左右どちらへもぶれるというよりも、少なくともどちらか一方にしか行かないボールが打てるということの価値観の方が高いのです。

こうしてご説明すると、多くの皆さんが『基準』だと信じ込まされてきていることが、実は極めて歪んだ基準であるかということを理解することは難しいことではないですよね。

もちろん、それでもゴルフだけは特別だからと鵜呑みし続ける人をどうこうしようとは思ってもいませんが・・・

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