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九九で満足するのか?それともオールマイティーな方程式を一つ覚えるのか?


ゴルフのレッスン書を紐解くと、多くの場合150~200の細かい項目が記載されています。

さすがにほとんどのゴルフレッスン書が実際にインストラクターやプロゴルファーによって書かれているのではなく、ライターさんによって書かれているため、一つ一つの項目は解りやすいことこの上ないのです。

まるで、九九の「3×9=27」みたいに明快ですよね。

何の疑問を差し挟む余地もない!!素晴らしいとしか言いようが無いですよね。

レッスン書を読んだことのあるゴルファーならば、「なるほど!!」「わかった!!」と何度思ったかわからないのではないでしょうか?

と、よいしょよいしょと持ち上げるのはここまでにして・・・

で、だから、それが身について、ゴルフの上達にものすごく役に立ったかというと・・・「そーでもない」。

なぜ?

ゴルフのレッスン書やゴルフ雑誌のレッスン記事って、ものすごく上手いことできてるんだよね。

上手いこと、っていうのは、あくまでも読者を「わかった」気にさせるという意味でね。

典型的なのが、「見開き2ページ、1項目」。

大きな写真と、その写真の説明が殆どで、それ以外の情報は殆ど含まれていない。

でも、読んだ人は、その項目に関してはすごく納得してしまう。

なぜなら、目の前にした写真の形を言葉で説明することに終始しているから、その枠においてはものすごく真実だから、誰でも理解、納得してしまうのです。

余りにも自己完結的で、読者が(ゴルファーですよ)その項目自体に意味があるのかどうかって事を考えることさえ無いのです。

意味など考えることもなく、完全に写真の形のことだけに集中させてしまう凄い奴なのです。

すごいですね。

怖いですね。

どこかの国の国会答弁よりも凄腕ですね。

(Hello!!もちろん、皮肉と捉えてくれていますよね・・・?)

本質を気づかせずに洗脳してゆくのですから、もし、これを意図してやっているんだとしたらもの凄い敏腕ですよね。

しかし、問題は意図していないということ(残念ながら・・・)。

問題は、本質に目を向けている人が殆ど居ないということ。

きっと本気で、ゴルフは特別で、ゴルフは部分の形を時系列で、都合の良いところだけを抜き出して、覚えて、思い出して、あとは祈りながら打ってみることでいつの日か神様があなたに微笑むと信じているのだと思うのです。

意味のないことを大仰にすごく大事だって言っていることに気づいていないということなのです。

さてさて、この読みものの題がなぜ「九九に拘るか、方程式を覚えるか?」なのかと言うと・・・

皆さんがご存知のゴルフレッスンのフォーマットって1対1の対応、つまり、ひとつの現象に一つの説明。

そしてそれを単純に覚えることが大切というものですよね。

気づいてました?

きっとそんなことにも気づいていない人が大勢居るのだと思います(はぁ~)。

例えばグリップの握り方やセットアップの方法。

どれもこれも断片的でしょ!

そして、説明されているほとんどのことが平らなところで真っ直ぐな球をフルショットで打った時の結果的な形という事だけなのですよね。

お気づきでした?

と言うことは、150も200もある項目を完璧にこなしたとしても、できることは(もし、ランダムに抜き出した部分のランダムな時の形を羅列することが、本当にできることにつながるのだと仮定しての話ですが・・・実際はできる確率は極めて低いんですよ、これが!)平らなところで真っ直ぐな球をフルショットで打つことだけなのですよ。

これに関連したトピックは、他の読み物でご説明していますので、ご参考にしてください。とても面白怖いです!

だって、それしか説明していないのですから、それ以外には適応できないと考えるのが普通の事なのです。

私がどう考えるかというと、ゴルフというのはそもそも平らなところで真っ直ぐなフルショットを打つことばかりではないゲーム、というよりも、そういうショット自体が極めて少ないゲームだから、もっと実際のゲームで出会う、様々な状況に対して適応できる一つの方程式を覚えたほうが良いのではないの?ということなのです。

要約してしまうと、私の論理展開の一番の根本はそういうことなのです。

有効であるかどうかということは全く議論の対象にしないとしても、理念として、たったひとつの条件におけるパフォーマンスを説明(或いは、習得)するために、150も200もの項目を覚えなくてはならないような方法論では、きっと一生かかっても大したゴルフはできないんだろうなということ。

でも、きちんとゴルフというものを捉え直して(再定義というやつですね)、正しく論理展開をすれば、結構シンプルな方程式ができ上がるのです。

実際、人間ってそうやっていろいろなことをやっているのですよ。

歩くという動作をとっても、実際に科学的に分析して説明をするとしたら、ゴルフレッスン書に書かれているようななおざりな150~200項目なんてものでは説明なんかできないのです。

でも、そうであったとしても、人間は登り坂も、階段も、曲がった道も、石畳も、ビーチも歩けるではないですか!

それって、九九的にすべてを覚えるという発想ではなく、すべての状況に適応できるような方程式的対応をしているって言うことなのですよ。

しかし、その方程式を身につけるためには、これまでのゴルフレッスンのフォーマットや、ゴルフの常識と呼ばれているものでは、全く対応ができないのです。

論理的に展開する必要があるので、もちろん、前提条件や制限要素を明確にして、それをきちんと守らなくてはいけないのです。

しかし、それさえ把握して、きっちり実行すれば「なんだゴルフって他のことと変わらないじゃないか!」と感じること間違いなしなのです。

そして、「これまでなんと無駄なことに時間を費やしてきてしまったのだろう」と悔やむのです。

そして、レッスン書の『理論』なるものに憤りを感じるのです。

「レッスン書に書いてあることって何だったんだよ」ということが簡単にわかってしまうだけでなく、これまであなたが試行錯誤?と言うよりも暗中模索、五里霧中だったゴルファーだということが信じられないくらい単純なものとして捉えられるようになるのです。

ものごとを単純にするための過程が「単純」なわけではないのです。

極めて複雑なことを単純に機能させるということが「高効率」と呼ばれることなのです。

そのための説明を一見単純にしたからと言って、パフォーマンスそのものが単純になるわけではないのです。

一つ一つはとても単純で「わかった」「なるほど」と感じてみたところで、問題は全体像を構築するときに、それが単純であるかどうか?ということなのですから。

一つ一つが単純なことでも、ひとつのスウィングをするだけで、150も200も覚えて、思い出しながらやらなければならないのならば、それはちっとも単純ではないし、そもそも「わかった」わけでも、「なるほど」でも無いのです。

それも、各々の項目が全体像を構成する一つとして確かなもので、それらを全てきちんと実行すれば完璧になると仮定してのことなのです。

もし(「もし」などと書きましたが、ほとんど間違いなくそうなのですが・・・)一つ一つの項目が、組み合わすこともできない、完成図も存在しないジグゾーパズルの1ピースだとしたら・・・・・

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