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2種類の科学の方法って知っていますか?


科学の方法論には大きく分けて2つの方法論があります。

Inductive(帰納的)とDeductive(演繹的)方法です。

Inductiveな方法は、細かな現象を一つ一つ解明してゆくことで全体像を見出そうという目的で使われる方法で、基礎科学の研究に多く用いられる方法論で、相関関係を確立することのみが可能です。

それに対してDeductiveな方法は、研究しようとしている事象の全体像を前提とし、その全体像を踏まえた上で、細部に亘っての検証をしようとするもので、応用科学の研究に主に用いられる手法で、相関関係に留まらず、因果関係の確立も可能にする方法です。

どちらの方法論が優れているということではなく、検証しようとする事象によって、適切な方法論が選択されます。

応用科学の研究を行うためには、基礎科学の研究で検証された理論ベースが無くてはなりません。

一方、基礎科学のみを推し進めても、科学を一般の生活に反映させることは稀有になってしまいます。

要するに、基礎科学と応用科学は持ちつ持たれつの関係にあるということです。

さて、ゴルフ・スウィングの検証を行う際、どちらの方法論を選択するかと言うと、科学者であれば何の迷いも無くDeductiveな方法を選択します。

なぜなら、ゴルフ・スウィングは

ゴルフというゲームのルールと目的に則って

人間がゴルフ・クラブをスウィングすることで

ボールをターゲットに向かって移動させるという全体像

に当てはまっていなければ何の意味も成さないからなのです。

例えば、どれだけ物理的(Biomechanical/Mechanical)にボールを真直ぐ飛ばすのに有効な手段であれ、それが人間の身体の機能として非効率的或いは不可能であれば、無意味なのです。

人間の身体の機能として(Exercise Physiology)に有効であったとしても、物理的に問題があればそれも無意味なのは言うまでもありません。

また、物理的に、人間の筋肉や骨格の機能としても可能であったとしても、動作のパターンが余りにも複雑だとしたら、脳が動作をコントロールするのが余りにも困難になるため(Motor Control)、結果的に人間が安定したパフォーマンスを引き出すには効率が良くないのです。

そもそもゴルフはたったの一打で毎回変わる状況の下で異なる結果を引き出さなければならないゲームですから、もちろん効率の良い動きを習得することが不可欠だということは明白です。

そのためには、人間の機能として、あるいは物理の原理原則に反することをわざわざやることなど無意味なのです。

あなたが大切に思っているレッスンの常識がどんなことを創りだしてしまっているのか、その誤解を簡単に検証する術がありますから、ご興味のある方はお試しください。

人間が安定したパフォーマンスを発揮するためには、様々な要因を考慮しなければなりません。ですから、ある一側面から考察してどれだけ優れている理論でも、全体像として機能しない限り、実際に実行することを考えたときには全く用を足さないのです。

つまり、様々な要因を考慮した上で、最大公約数的な発想を展開しない限り人間が動作として行うには適していないのです。

私が、ゴルフ界に溢れる様々な『理論』と呼ばれるものが、「誤りだ」と言っているバック・グラウンドにはこうした理論展開があるのです。

学術会でも、自分の研究分野が余りにも「大切」になってしまう結果、実際には他の分野からの論理展開を考慮した場合、全く理に叶わないことでも「理論」として通用してしまう危険性があるのです。

例えば、石油に比べてどれだけ燃焼効率が高く、効果的な燃料であったとしても、地球の環境や、人体に多大な悪影響を与えるものであったら使用には適さないというのと同じです。

ゴルフ・クラブを考えてみても同様のことが言えるのです。どれだけ、ヘッド単体の物理的特性が優れていようが、どれだけ、クラブ自体が物理的に優れていようが、人間が効率よく動作をするのに適さない限り、道具としてのゴルフ・クラブとしては意味を成さないのです。

基礎科学的な研究結果を応用科学の結果と同様に扱ってしまうと、考えてもみない弊害を引き起こす可能性が多大に存在するのです。

科学的検証は、何を前提として行うかによって、同じ事象を検証したとしても全く異なった結果を導き出すことがほとんどです。

ゴルフに関する科学的検証の裏には、常に「人間が地球上で行う動作」であり、ゴルフのゲームの本質として、「できるだけ再現性の高く、できるだけ正確性の高いショットを実現する」というくくりの中で、「できるだけ大きな飛距離を達成できること」が前提に無ければ意味が無いのです。何故なら、それがゴルフなのですから。

そしてさらに言えば、一打一打変わる状況に対して、適切に対応できる対応力も兼ね備えた方法論でなければ効果的でないと言えるのです。

細かな部分の形を100も200も覚え、思い出しながらスウィングをすることが可能だとしても、それだけでは平らなところからフルショットで真っ直ぐしか打てない『理論』と言うのは、こうした「枠」から明らかにずれているのです。

ゴルフ界では(というよりもメディアですね)、安易に『理論』や『科学』という言葉を用いていますが(これはゴルフ界に限ったことでなく、全てのエリアにおいて言えることですが)、実際の科学的手法を熟知していない方々にとっては、結果のみを目にして、それを鵜呑みにしてしまうと、とんでもない誤解を引き起こすことになりかねないのです。

そして、ゴルフに於いてはあなたのゴルフ人生そのものが暗澹たるものになる危険性を含んでいるのです。

統計についても同様です。「皆がやっている」という意味は、科学に於いては

①適切かつ明確な定義のもとに

②適切な指標を分析し数値化したものを

③適切な統計的手法を用いて判断した結果が導き出した結果がそう

でなくては「皆がやっている」ということとして認められることではないのです。

何故なら、例外が多数存在するということは、つまり、その「皆がやっている」と表現されていることは、実は皆はやっていないことだということに他ならないのですから。

つまり、重要ではないということなのです。

少なくとも、科学者が或る実験を通じて導き出した結果はある程度の信憑性が有ると考えることができますが、問題はその結果をどう咀嚼してどう結論として結びつけるかということなのです。

少なくとも私が知るかぎりにおいては、レッスン書に書かれている『科学的』とか『理論』というものに、本来の「科学的」な「理論」は存在しないのです。

角度だ形だと、皆がやっているから大事なのだと言って憚らないが

レッスン書に書かれた角度一つとっても、角度の定義そのものさえも明確に慣れていないのです。

それだけではなく

説明されている角度や形が、いつも90°、180°、直角、水平ばかりだということそのものが、余りにも馬鹿げているのです。

仮にレッスン書に書かれている項目が、一万歩譲って大切だと仮定して話をしても、その大切なことがいつもキリの良い形の時に起こるなどという都合の良いことが、確率的にあり得るわけがないのです。

書いている本人がそんな杜撰さにも気づかないにもかかわらず、『科学』『理論』などと呼ぶのはどうかと思いますね。

そして、それを疑いもせず鵜呑みにしているゴルファーもどうかしているとしか思えないのです。

簡単に大量の情報が手に入るようになった現代においては、情報に対しては、特にゴルフの情報に対しては、もっともっと懐疑的にならなくてはいけないのです。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.