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ゴルフレッスンの「わかり方」


いつの間にかどんな情報もレッスン書的にしか咀嚼できなくなっていませんか?


例えば私がゴルファーに「緩まず力むべきところで力んで最後まで意図する力をかけ続けなさい」と言ったとします。

そうすると、ゴルファーの多くは

①緩まない

②力むべきところで力む

③最後まで意図する力をかけ続ける

と咀嚼をするのです。

それ以上でもなくそれ以下でもない場合が殆どなのです。

そして、それでわかったと思っているのです。

しかし、そうではないのです。

あくまでも「緩まず力むべきところで力んで最後まで意図する力をかけ続けなさい」なのです。

そして、その意味するところを実行するには実際に自分自身の感覚で

①緩まないで動く感じ

②力むべきところで力む感じ

③最後まで意図する力をかけ続ける感じ

を知らなければ実行できないのです。

更に、それを本来の目的に対して融合し一連の流れの中で表現をしなければならないのが現実なのです。

しかし、多くのゴルファーは箇条書きで分解して理解をしたらできると信じているのです。

「そんなことは無いよ」とおっしゃる方も少なくないでしょうが、行動はそうなっているのです。

ほとんどの場合、初回のコンサルティングで実際に正しくなってしまうパターンを提供できるのです。

『ワンポイント』などというものではなく、動きの本質がわかっていれば、「ピンポイント」で改善したい要素がわかるのですから、当然と言えば当然のことです。

もちろん部分部分の細かいインストラクションではなく、その方のバックグラウンドに合わせてわかりやすい目的と感覚を引き出しながら、「あのターゲットにこんな感じのイメージで」と言ったたぐいの、極めて人間らしい発想のインストラクションを与えるのです。

実際それを「そんな感じ」をご本人が表現して行ってみると、初めてトライした動きのはずなのに、かなりのパフォーマンスをできることが多いのです。

それも、これまでとは比較にならないほどの気持ち良さと共に、信じられないほど弱い力でボールが「スパーン」と飛んだりするのです。

何故なら

本来人間が目的を達成するためにするべき動きを

意識すべきことを意識してやる方法を採ることで

自然に正しいことが起こるということになるのです。

私がしたことは、単にほとんどの人が既に持っている能力を引出して、活用しただけのことなのです。

そこで、もちろん私は「どうですか、解りましたか?」とお尋ねします。

そうすると答えは殆どの場合「解らない」なのです。

そこで、もう一度同じ意味合いのことを違うターゲットに対してご指示をします。

そうすると、また同じようにこれまではその人ができなかったことまでその場でできてしまうのです。

そこで、もちろん私は再び「どうですか、解りましたか?」とお尋ねします。

そうすると答えはまたまた「解らない」なのです。

それってどういうことなのでしょう?

普通なら理解できないやり取りですよね。

やろうとしていることを実現するために必要なことを正しく伝え

本人もそれを聞き、そのことに集中し実行したら実現できた

というとても大切な繋がりを作ったにもかかわらず

「解らない」というのはどういうことなのでしょう?

少なくとも、私がその人のためにボールを打ったわけではないのです。

本人が私の話を聞いて、それを自分自身が表現したのです。

にもかかわらず、「解らない」というのです?

実際に結果を引き出しているにもかかわらず、殆どの場合、本人にとっては、「何故こんなことをして打てているか解らない」状態なのです。

それは、つまり、これまでの「打てるはず」の感覚と、実際に「打てる」感覚が大きく異なっているからなのです。

或いは、「わかる」ということ自体の「わかり方」がそもそも動作に対して適切に「わかる」とは全く異なった、『ゴルフレッスンのわかり方』が存在するのでしょう。

「存在するのでしょう」という推測のような書き方をしましたが、実際はこれが明らかに存在し、その存在が間違いなく多くのゴルファーの上達を妨げているのです。

言い方を替えましょう。

私のお出しする情報が、皆さんの慣れ親しんだ『断片的』な『部分の形』を『写真と言葉で説明したものではない』ので、ゴルフに必要な情報として咀嚼ができない

と言えばわかりやすいでしょうか?

それは、多くのゴルファーがレッスンから期待している情報が極めて歪んだ、極めて無意味な偏った情報だということにほかならないのです。

自己防衛のために明確にしておきますが、巷に溢れるレッスンのように何発も連続で打たせておいて、良いショットが出ると「いいですね」などというものではないのです。

たった一打に対して、唯一のターゲット、唯一の球筋をその場で設定して、それに対してその場で本人が良い結果を引き出せる方法を作りだしたのです。

そして、(私に指示されたとはいえ)あくまでも本人がすべてを意図的に現実に作り出したにもかかわらず、「解らない」なのです。

その上「いまのでトップはどこまで行っていたのですか?」などと、くだらない質問をする人までいる始末なのです。

トップの形などいちいち考えなくても結果を出せる方法をお伝えして、たった今自分自身が実行したにもかかわらず、トップの位置を知りたいと言うのです。

どこまでゴルフ脳は侵されてしまっているのでしょう?

笑い話ではないのです。

こうしたことが現実に頻繁に起こるのです。

イップスで長年悩んでいた方がコンサルティングを受けにいらっしゃった時もそうでした。

初回で問題が起こらない方法を提供し、ご自身が打ったこともないような良いショットを打てる方法を引き出したのです。

そして、その方には、次回までに、そのお教えした方法をしっかり身に付けるように(とはいっても、フルショットである必要はないし、自分自身がそれを正しくやれている感覚が作れれば、番手は問わず、どれだけ小さい動きでも、どれだけ弱い動きでも構わないという条件付きです)お伝えしたのです。

次回のコンサルティングを私自身楽しみにして待っていると・・・

「バックスウィングの上げ方がわからない」とおっしゃるのです。

そんなこと、一言も言っていないし、やれとも指示していないのです。

私は、その方がイップスを治したいのだとばかり思っていましたよ。

まさか、イップスを引き起こすバックスウィングの上げ方を知りたがっていたとは夢にも思いませんでしたよ。

その方は、そんなことばかりを気にしているので、イップスになってしまったにもかかわらず、まだ、固執するのです。

もちろん、残念ながら、そういう方はどう頑張ってもイップスから立ち直ることはできません。

その場で問題が起きないことを提供し、自分自身がそれを実行し、結果を引き出したにも関わらず、そうした方法の価値観よりも、「バックスウィングの上げ方」の方が価値が高いと信じ込んでいるのです。

イップスの人に限らず、そうした何の意味もないことに絶大なる価値を持ち続ける人は、どうやっても上達はできないのです。

なぜなら、それは人間が動きを作り出す方法ではないからなのです。

ゴルフレッスンという枠でのみ存在し、正当化されている方法だからなのです。

話を元に戻しましょう。

実際、本人自身に極めて有効に働く方法よりも、結果的に現れた表面上の何の意味もない形を知りたいと考えているゴルファーは少なくないのです。

余りにもばかげた話ですよね。

お笑いに近い話ですが、それがゴルファーの現実なのです。

言い換えれば

本来人間が正しく目的を達成するために不可欠な方法とはかけ離れたことをやることが上手くなること続けてきているので、思い込まされ続けているのです。

そしてそれが「わかる」ことだと思い込んできているのです。

そのため、本当に正しいことをやった時に、本当に正しいことを行う時にやることが「わからない」という事になるということなのです。

現実は、その「本来の正しいこと」を「正しく行う時に採るべき方法をわかる」ことを「わかること」だとわからない限り正しいことができないということです。

かなり、わかりづらい文章ですね。自分で書いていても???になりそうです。

でも、これ実は意図的に書いているのです。

一回読めば、誰が読んでも、同じこととしか捉えられないような安直な情報を『わかって』「わかった」と思って欲しくないのです。

???を感じて、自分自身で悩んで、自分自身の答えが出るまで考えることが大切なのです。

では、例を挙げてみましょう。

あなたがお祭りの出店で輪投げをやっているところを想像してください。

一つ目の輪を投げる前にあなたが考えることは何でしょう?

肘の角度?投げる時のトップのポジション?ウェイトシフト?ではないですよね。

きっと誰でも、いくつも並んでいる景品の中から、自分が欲しいものを見極めようとするはずです。

これ、ゴルフで言えば、ターゲットの決定です。

そしてその次にとる行動は?

肘の角度?投げる時のトップのポジション?ウェイトシフト?馬鹿げていますよね。

いくつか欲しいと思う景品の中から、実際に自分が輪を投げて取れそうな景品を探すのですよね。

これ、ゴルフで言えば、球筋の決定とか、戦略の選択ですよ。

もちろん、この辺りは全く意識して行なっていることではありませんよね。だって、輪投げというそのものがそういうものですから。それが目的です。

しかし、それだけではなく、こうして自分が取れそうな景品を見極めている時にすでにあなたは自分の体を動かして(その動きが表面上に現れていようがいまいが)「できそうな感じ」を感じているのです。

気づいたことも無いかもしれませんし、きっと意識的に考えてやろうと思ったことなど一度も無いことだと思います。

まして、その行動について「わかった」などと感じたことも、覚えておいて思い出して指定された順番に従って毎回やろうと心に決めたことも無いはずです。

しかし、実際にはこの行動が目的を達成するためには極めて大切なことなのです。

輪投げでは、実際に投げる動作を始める前に、殆どの人は無意識でしょうがすでに投げられる感じを作り上げているのです。

「投げられる」「投げられない」というレベルではなく、狙った景品に輪が入るイメージを持っているのです。

でも、景品が取れなかったからと言って、2つ目の輪を投げるときに、肘の角度?投げる時のトップのポジション?ウェイトシフト?は考えないですよね・・・?でしょ?

ですから、実際に輪を投げるときには投げるために必要な形とか、ある部分のある時の使い方などということは全く考えないで投げているのです。

これは輪投げに限ったことではありません。人間はゴルフ以外の動作ではほとんどがこのパターンで実行しているのです。

私たち誰もが持っている、素晴らしい裏方さん、脳の働きですよ。

だとしたら、ゴルフだけはそうではない、いちいちいろいろな部分の形や使い方を感じないとできないと考えることが非常識なのです。

科学的に、そして常識的に考えればゴルフだけが時系列に従って、ランダムに選んだ部分のランダムな時の何の基準も無い形を覚え、思い出し実行しなければならないという理由は何一つ存在しないのです。

もし、理由が有るとしたら、レッスン書にそうやって説明されているからというもの以外はあり得ないのです。

ではなぜゴルフでは、実際に打つときのことばかりが頭にあり、良いショットを打つために必要な情報は殆ど考えていないというアマチュアー・ゴルファーがたくさん存在するということになってしまったのでしょうか?

レッスン書にそう書かれているということももちろんありますが、人のせいにばかりしているわけには行きません。

一人ひとりのゴルファーが本来の考えるということを辞めてしまい、自分自身と対話をすることで、自分自身が何のために何をしようとしているのかを明確に感じることを辞めてしまったからなのです。

レッスン書やレッスン記事の記載を何でも鵜呑みにして、鵜呑みにした人がまた仲間のゴルファーに伝えてゆくということが原因なのです。

そしてゴルファーは内容だけに限らず、ゴルフに関してのすべての情報を、レッスン書のように、箇条書きのように、一つ一つが独立して存在する事のように覚え、思い出しながらやるものだという癖を持つに至ってしまったのです。

何をどうやるとか、どこが悪いとかというゴルフスウィングの方法論に関しての誤解よりも、実際にはこの情報処理の仕方の「レッスン書化」が大きな問題だと思います。

なぜなら、ゴルフスウィングに限らず動きというのは形の羅列ではなく、力のプロダクトなのです。

そして皆さんも御存知のように力はベクトル、つまり、方向、大きさ、時間的要素を含んでいて、且つそれが変化するものなのです。

そしてその性質が変わることで結果としての動きの質が変わります。

さらに、人間には人間として有効な力の出し方、力の使い方が存在するのですが、それは少なくともそれぞれ独立した一箇所の或る瞬間の形をつなぎあわせることでコーディーネートするようなものではないのです。

ですから、レッスン書に書いてある情報は理解できても(写真の形を言葉で説明しているのですから、理解できないわけがないのです。それを『わかった』『なるほど』などと、感心している場合ではないですよ!!)、それを自分自身の動きとして活用するということにはならないのです。

これに関しては他の読みもので説明しましたので、是非お読みください。

加えて、人間には一人ひとり異なった感性、感覚があります。それは一人ひとりのバックグラウンドや身体能力などによって左右されるものなので、実際の動きを行うには、「何を目的に」「どんな感じの動きを」行うのかということがとても大事なのですが、何をするにも、「この部分をこうやる」とか「角度がどうとか」しか書いていないわけですから、本来の自分自身の能力を使って動きを習得するということと直接結びつかない人が多いのです。

確かに写真を使い、写真の形を言葉を使って説明すれば、その形に関しては理解ができます。

でも、実際にはわざわざ写真の形を言葉で説明してくれなくても、誰でも見ればわかることなのですが、なぜかゴルファーは『なるほど』『わかった』と、価値観を持つのです。

しかし、実際に大事なのは、情報が有用なのか?情報を自分のために活用するためには、何をどう考え、どう実行したら良いのか?ということなのです。ですよね?

例えば、私はレッスンでどうしてもしっかりとクラブを握りしめクラブの動きに自分を合わせることがクラブコントロールだと誤解している(俗にいう、クラブに仕事をさせてあげないというやつですね)ゴルファーに、「ターゲットに向けてクラブをくるくるっと鋭く回転して飛ぶように投げる感じで打ってみてください」とお伝えするのです。

そしてその感じでスウィングすると、不思議とヘッドが走り、とても楽に、スパッと良いショットが打ててしまうのです。

しかし、問題はその後です。

多くのゴルファーはその感覚で動く自分を反復練習するのではなく、「わかる」ために、部分部分で結果的に起きたことをレッスン書的に分析し始めるのです。

例えば

「なるほど、ここでコックが入るのですね」とか、

「レート・リリースにするのですね」とか、

「グリップをゆるゆるにするのですね」とか、

「インパクトの時に手首を返すのですね」とか、

それこそレッスン書のようにたまたま気づいてしまった部分の形を、それこそレッスン書に書いてある情報と照らし合わせることで覚えようとするのです。

お前の頭の中はレッスン書か?と思うわけです。

そしてそれが『わかること』だと思っているのです。そして安心するのでしょう。

しかし、簡単にできたことをわざわざ難解な「わかりやすい」と勘違いしている方法に置き換えることで、部分部分の形を作ることが目的の動きになってしまうのです。

そして、再びできなくなってしまい、「おかしい」「どこが悪いんだろう」「できない」「難しい」を連発するのです。

それも、実際に簡単にできる方法もお伝えし、自分自身が実際にできたにもかかわらずそういうのです。

そして、その場の解決法として模索するのは決まってレッスン書の部分の形をランダムにちょこっといじるということなのです。

「どこが悪いんだろう?」

それは、頭が悪いのです。

ゴルフに関しては理解力が極めて著しく欠如しているのです。

洗脳されているのです。

そしてそれを常に甘受することに慣れているから心地良いのです。

しかし、結果は出ないのです。

折角簡単に自分自身がコントロールできる因果関係をお教えしたにもかかわらず、ゴルフはレッスン書のフォーマットのような情報で整理しないと「わからない」と思い込んでいることが問題なのです。

多くのゴルファーにとっては、実際の動きを「自分自身がその場その場で一回でコントロールできる方法」よりも、結果としての形に関する情報のほうが価値が有るのです。

そしてゴルファーをそうさせてしまった責任の多くは、ゴルファーに在るのではなく、ゴルフレッスン書やインストラクターに在るのです。

ですから、ゴルファーの皆さん、ゴルフの情報を取り入れる前に、かならず普通のことと比較して考えてください。

ゴルフは特別だからという言葉が成り立たない限り説明できないことは、そもそもが嘘か価値の無い情報ですから、見向きもしないほうがあなたのためなのです。

何でもかんでも知れば良いと言うことではないのです。

質の高い情報を自分自身の使いやすいように咀嚼をし、それに自分自身で磨きをかけ続けることが大切なのです。

他のことでは、当たり前のように理解し実行していることなのに、ゴルフになるとこんなことまで講釈たれなければ気づかなくなってしまっているということをとても悲しく思います。

当たり前のことを当たり前のように地道に実行することが上達につながるのですよということが、ゴルフ界では異端児、変わり者なのです。

しかし、本当のプレーヤーは当たり前のことを当たり前のように地道に実行しているのです。

レッスン書やレッスン記事だけがゴルフには隠されたうまい話が存在するかのように、奇跡を引き起こす魔法であるかのように毎年毎年新理論という名の、何十年も変わらぬ御託を手を変え品を変え人を替え発表し続けているのです。

そして、ゴルファーが新たにやることを増やし続けるのです。

そして、ゴルファーはそれをありがたく思い続けているのです。

その繋がりを断ち切るところから上達は始まるのです。

うまい話など存在しないのですから。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.