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レッスン書にはそう書いてあるけど・・・本当にゴルフは他のスポーツと違うの?


レッスン書やゴルフ雑誌のレッスン記事では、意図的なのかどうかはわかりませんが

何とかゴルファーに『ゴルフは特別』

他のスポーツとは共通点が極めて少ないと信じこませようとしている

ような表現が多いですよね。

そう感じたことももなければ、レッスン書に書かれていることを何でも大事だと信じこんで努力をしてきたという人も少なくないのではないでしょうか。

ゴルフを始めたばかりの頃に

頭を押さえつけれれ

ボールをよく見ろと言われ

体を無理やり捻らされてつらい思いをしながらも

「ゴルフはそういうもんなのだ」

「他のスポーツとは違って特別なんだから」

と言われたことで、それ以降、どんなに納得がいかないことでも、『ゴルフは特別だから』と何から何まで『なるほどぉー』と、鵜呑みにしてきたゴルファーも少なくないのです。

そしてそれを鵜呑みにしたゴルファーの中にも、ゴルフというのは特別なものだと信じこみ、新たにゴルフを始める人に吹聴する人が少なくないのも現実です。

本当にゴルフは特別で他のスポーツとは違うのでしょうか?

この、ゴルフの常識のようになってしまっている発想を皆さんは真剣に考えてみたことがありますか?

昨今ではインターネットを通じて多くの情報をたやすく手に入れることが当たり前の世の中になって来ました。

例えば、家電製品の購入を思い立ったとき、これまでは電気屋さんの店員の言葉が判断基準を作り、それを基に薦められるがままに購入するということが珍しくなかったですよね。

しかし、現代では、インターネットを通じて、既に商品を購入した人々のコメントを数多く入手することができるため、自分自身の使用環境等に合った商品の選択のための、判断基準が容易く手に入れられるという、とても便利な世の中になりました。

家電製品では、5年前の常識が現在では通用しない。

何故なら、メカニズム的に全く異なったことの出現や、より良いテクノロジーの開発により、機能的には比較の対象にならないほどの製品がより安く出回るということが当たり前になってしまいました。

そして、消費者もそう捉えるようになってきています。

その結果、以前では考えられないようなスピードで物事が変遷するということは、人々の中での常識となっているのです。

では、ゴルフにおいてはどうでしょうか?

ずっとずっと昔に、それこそ人間の機能や脳の機能、そして他の学問分野を人間の動きに応用するなどということが考えられもしていなかった時代の遺物が現在でも常識としてまかり通っているのです。

「グリップは小鳥をつぶさないように」と言うのは、実は1950年代にベン・ホーガンが書いた本の中で使われている表現です。

「グリップのV字が右肩を指す」とか、「スウィング・プレーン」も同じ本の中に書き記されています。

科学の世界では、遠の昔にクラブは平面上を動くのではなく、3次元曲面を描くということは周知の事実ですし、

スウィング・プレーンだけでなく、トップの形も、言ってみれば、どんな部分のどんな時の形も、統計的には同じではないということが確認されているのです。

にもかかわらず、ゴルフレッスン界では、ベン・ホーガン氏の本が出版されてから50年以上の時が過ぎているというのに、まだ、同じことを繰り返し、手を変え品を変え語り続けているというのが現実なのです。

技術の革新とともに、プレゼンテーションの手法は様々な方法が使われるようになっているのですが、手法が変わっただけで、中身はほとんど変わっていないのが現実なのです。

それだけではなく、それらを常識として受け取ることに何の疑問も持たず、鵜呑みにするゴルファーの受け取り方もなんら変わっていないのです。

これは、ゴルファーに限ったことでなく、教える側、或いは教えるための媒体を作成する側にとっても同じであるから困ったものだと思います。

多数決の原理に則れば、声を大きくし、多くの方が正しいと思っていることが正しいとみなされます。

しかし、多数決で採用されたことが常に真実なのかというと決してそうではありません。

昨今、メディアで意図的に作られた風潮=常識のようなことが大きく問題になっています。

東日本大震災によって引き起こされた福島第二原子力発電所の事故以前では、国民の多くが原子力発電所は安全なものだと鵜呑みにして来ました。

もちろん少数派は存在していましたら、インターネットを詳細に検索すれば様々な検証がなされ、重大な危険性が指摘されていました。

しかし、主要なメディアを通じて私達に伝えられ続けてきた情報は極めて偏ったものだったとしか言いようがありません。

3.11の大震災が引き金になった事故以前は、多数決の原理、声を大きくして言われていたことは、原子力発電は理想的なクリーンエネルギーだと言うものが圧倒的多数を占め、国民の間ではそれが常識だと受け取られていたのです。

しかし、ひとたび事故が起こってしまうと、真実が徐々に暴露され、以前の常識は常識ではなくなってしまいました。

ああした事故が起こらなければ、極めて重要なことが誤った認識をされていても平然としている人が大多数だったし、政府もメディアもそれを当たり前のことであるかのように振舞っていたということは、とても恐ろしいことだと感じた人も少なくないのではないでしょうか。

9.11の同時多発テロも、日本ではイスラム原理主義のアルカイダによって引き起こされたという報道を鵜呑みにして、何の疑いも持っていない人が大多数ですが、実際にそのテロが起こったアメリカでのアンケートでは、アメリカ人の60%以上の人が、何らかの形で裏でアメリカ政府があのテロを演出していたのではないかという疑いを持っているというのです。

日本人はそもそもいろいろなことにナイーブで、多数意見に従うのが普通と考えている人が多いですし、議論を闘わせることにあまり慣れていないように感じます。

これほど大きな事件でさえも、私達が気づかぬうちに真実がねじ曲げられ、どこかの誰かに都合のいいように情報が操作されてきた可能性が有るというのですから、もっと些細な事に関しては、(意図的であれそうでないにしても)より頻繁にそうしたことが行われているとしても何の不思議もないのです。

では、ゴルフレッスン業界というのはどうなのでしょうか?

ゴルフレッスン業界では『ゴルフは特別』である。

ゴルフは『他のスポーツとは違う』とうことが長い間声高々に言われ続け、それが常識となっています。

もちろん、それがゴルフの上達を促すためのプラスになるように使われているのなら何の問題もないのですが、全く逆なので、どうしても言わないわけにはいかないのです。

(意図的でないことを祈っていますが・・・)、レッスン書やレッスン番組を作り易いようにするために、わざわざ『ゴルフは特別』と言うことを、押し出しているように思えてしまうのです。

まあ、実際にはそうではなくて、レッスン書やレッスンで、「安直なわかり易さ」を提供するための方法論として、『結果としての形の説明を写真付きで親切に』と考えたのでしょう。

しかし、そんな安直な素材がたくさん存在するわけもなく、どんどんエスカレートして、重箱の隅をつつくようなことをはじめたのでしょう。

そして、近年のビデオの普及やPCの活用で、技能の向上に関しては何の意味もないところが、どんどん見えるようになってきて、これに拍車をかけたのでしょう。

結果の形に執心する方々にとっては、またとない素材の提供ですよね。

何かちょっとした違いを持ったプレーヤーが活躍すると、その形を観察(敢えて分析とは言いません。知識がなくとも、観察すればだれでもわかることですから、分析に値しないと思うのです。)し、新理論ができあがるのです。

そんなことをしていたら、野球やテニスではどれだけの理論が存在するのかわからなくなってしまうと思いませんか?

フィギュアースケートや器械体操、トランポリン、高飛び込みなどの競技においては、ある基本的な技にバリエーションを加えることで、加点されるのですが、ゴルフでは、それは異なった理論の基に行われる、異なった技能となってしまうのも面白い(ゴルファーにとっては全然面白くないのですが・・・)現象です。

それもすべて、根底にある結果としての形を写真と言葉で説明するという誤った論理展開からくるものだと断言しても問題がないと思います。

そして、そうした根本理念の破綻の上に成り立った情報によって、『ゴルフが特別』になり、習得が困難なものになってしまっていると考えられるのです。

好意的に見ればゴルファーのためを思ってそういう方法論を考えたのでしょうが、客観的に見れば、製作者の無知と浅はかさの結晶と言うやつです。

知らなかったからと言って許されるわけではなく、そうした教育的な素材を作る側は、常に知識をアップデートしておかなければならないものだとは思いませんか?

まあ、作り手の多くが、ゴルフレッスンを教育的な素材とは考えていないというのが現実らしいですが・・・

  

大きく、脱線してしまったので、ここで話を元に戻しましょう。

全く同じ物(事)を見た時に、或いは考えた時に、その対象をどういう考えを元に見て考えるかによって、全く異なった情報を得ることになります。

これが、論理展開の基本の部分で、本来は結果として提供された情報よりも重要なことなのです。

既存のゴルフというものは、言葉として明確に定義はされていませんが、実は明確な定義が存在しているのです。

①平らなところから

②フルショットで

③ストレートのショットを打った時に

④結果的に表面上に現れる

⑤ランダムな部分の

⑥ランダムな時における形を、(⑤⑥をまとめて、「説明に都合の良いところを抜き出して」とも言い換えられる)

説明する、というものです。

もっと付け加えれば、

⑦その時々で注目を浴びている選手を例にとって

ということが顕著です。

そして、あくまでも上の定義に従ったことをサポートすることのみがより詳細に説明されているのです。

つまり、表面上に現れていること以外には何も起こっていないという定義なのです。

しかし、実際には人間が行うことの殆どのことにおいて、表面上に現れていることよりも、現れないことによって成り立っているのです。

それは偉大な裏方さん、なのです。

つまり、ゴルフでは脳の機能に関しては全く無視され、技能の習得に対して脳は全く使う必要がないという定義のもとに説明がなされているということです。

ゴルフレッスンを鵜呑みにしている人、ゴルフレッスン書に書かれていることを平気でインストラクションに使っているレッスンプロは、この定義に合意しているということです。

どうです?あなたは合意できますか?

それほど『ゴルフは特別』だと信じているのですか?

いつ頃からゴルフは他のスポーツとは違うと言われ始めたのかは定かではありませんが、そもそも外見上の形ばかりを見て、本質を見ようとしていないのですから、形の違いを指摘し、他とは違うという説明をすることも極めて容易だったことでしょう。

しかし、そうした情報はそもそも鵜呑みにされるべきものではなく

本来は如何にしてゴルフ習得に人間が持っている能力や、これまでの経験を活かすかと考えるべきことなのです。

わざわざ違う点ばかりを浮き彫りにして、わざわざこれまでの経験や人間の優れた機能を使わないように定義して説明することが良い方法なのでしょうか?

私は絶対にそうは考えませんし、ゴルフレッスンということから離れて、皆さんがこの質問をされた時には、誰もが今まで自分がやってきたことをできるだけ生かして習得をしたいとお答えになるはずです。

しかし、そんな常識的な判断さえも、ゴルフのことになってしまうとできなくなってしまっている人が極めて多いのです。

野球やテニスなどそこそこポピュラーなスポーツを経験してきた人でも、同じ傾向に陥ることがしばしばあるようです。

ゴルフを真剣に始めようと、レッスン書を読んだり、レッスンを受けると、ゴルフは他のスポーツとは違うと言われ、これまで考えたことも、意識したこともないようなことをたくさんしなければいけないと思い込まされてしまうのです。

その結果、他のスポーツではかなりの成績をおさめている人でも、ただの人以下になってしまうのです。

そもそも、違う事だけを羅列して、全く同じ要素を持っていることに目をつぶってしまうのだからフェアーでないのです。

そしてその違いを懇切丁寧に、写真と写真の形をことばや角度で説明するなどという手法を用いて、極めて繊細で緻密なことが必要なのだというニュアンスのことをゴルファーに植えつけてしまっているのです。

また、スウィング・プレーンやクラブの角度などに関しても、レッスン記事で「プロは皆やっている」と平然と書かれているのですが、それはそうなっている写真のみを掲載しているからそう言えているだけなのです。

実際には優秀なプロの中の殆どがそうでなかったりすることも数多く存在するのが現実なのです。

しかし、残念ながら、それをわざわざ引き合いに出して、既存の常識を覆そうとする努力や、常識が非常識であると唱える知識を持った人間が極めて少ないのがゴルフ界なのです。

まあ、これはゴルフに限らず、メディアでは良くあることで、先に伝えたいストーリーを作り、それにすべてを当てはめるというやつですね・・・

そうなると、もちろん最初のストーリーを考えた方の色眼鏡によって、すべてが表現されることになってしまうのは当然なのですが。

他の国のスポーツ放送では、日本のように先にストーリーを作ってしまって、視聴者を興ざめさせるなどということはあり得ないのですが・・・

何せ、スポーツは「筋書きのないドラマ」なのですから。

なのに、筋書きを作ってしまうのですから、ちっとも面白くない!!

そして情報を受け取る側のゴルファーは常に受身だから検証をしないのです。鵜呑みにする。

それによって、間違った情報が地位を得て、常識となり、次代のゴルファーまでをも闇に突き落とすということになっているのです。

嗚呼、嘆かわしい。

ゴルフ以外では極めて優れた能力や判断力、思考能力や読解力を持っている人でさえ、ゴルフのことになるとそうなってしまう。

立ち止まって少しロジカルに考えれば、すぐにわかることなのに、肘の角度がとかフェースの向きがとか、レッスン書に書いてある、ある意味何の読解力も必要なく、よく吟味してみると何の有益な情報も含まれていないレッスン書に書かれていることを鵜呑みにしているのです。

これはもう、以前大きな問題を引き起こした新興宗教団体の洗脳に近いものがあります。

洗脳というのはそもそも、洗脳されている人は気づかないことですから、洗脳なのですが、非常に嘆かわしいことです。

私が知っているトーナメントプロの誰もが、レッスン書に書いてあることなんかいちいち気にしてスウィングしてたら、ゴルフになんかならないよと口をそろえて言うのです。

しかし、レッスン書を通して一般のゴルファーに伝わるゴルフというものは、それとは全く違ったものとして伝わっているのです。

もっと面白いのは、そう言っているトーナメントプロが一般のゴルファーを教える時には、レッスン書に書いてあるように教えるのですから始末におえません。

これって、どういうことなのでしょう?

私が思うに、プレーヤーはあくまでも自分自身の感覚(イメージ)に頼ってプレーしているので、その感じを人に伝えることなど無理と考えているのでしょう。

これは単なる情報操作としか言いようのない現象なのです。

しかし、これが意図的な情報操作ならばまだ救いようがあるのですが、実際にはそうではないようなのです。

インストラクターの中にも、その「常識」を信じて疑わない輩が少なくないのです。

野球やテニスは水平にスウィングするからゴルフとは共通要素が無いと言って憚らないのです。

鵜呑みにしてしまっているこうした『常識』も実は簡単な例をとって「粉砕」させることが可能なのですが、ゴルファーはそういうことさえ試みようとはしません。

野球やテニスは水平にスウィングするからゴルフとは違うという『常識』は、ボール投げをオーバーハンド、スリー・クォーター、サイド・スロー、そしてアンダー・スローが全くの別物だと言っているのと同等なのです。

きっと、誰一人として広義としてこれらの投げ方が別物とは考えないのではないでしょうか。

つまり、同じ投げるという枠ですべてを捉え、投げることができないと考えないでしょう?と言うことです。

もちろん、そうした投げ方もゴルフスウィングを説明する手段を用い、同じ方法で説明をしたら全くの別物だということになってしまいます。

しかし

実際にあなた自身が様々な投げ方で様々なものを様々な方向や距離に投げた時に

別物だと意識をして

別物だから部分部分の形をいろいろと覚え

思い出しながら

時には指差し確認的に目で見てチェックしながらものを投げて

独立した技能を習得しよう

とするのでしょうか?

もし、あなたがそうした対応をすると考え、実際にそうした行動を自然にとることで、これまで生きてこられてきたのでしたら私は何も申しません。

しかし、そうでないのでしたら、間違いなく考えなおし、今すぐにでも考え方を替え、方法論を替えゴルフに対峙した方が上達することは間違いありません。

様々なゴルフに関する常識がこのようにもろくも崩れ去ってしまう『常識』なのだという事に気づきもしないで、実際には大事でもなんでもないことを極めて大事なことだと誤解をし、それによって、人間が持っている優秀な能力を使わないで「ゴルフは難しい」と嘆いているゴルファーがたくさん居るのです。

バッティングにしても、ピッチャーが様々なコースにボールを投げてくるのを打つのだから、外角の超低目をイチローのように打つこともあるのです。

それはゴルフの動きと極めて似た動きなのです(形も動きも力使いもです)。

結果としての形から離れ、似通ったところを見つけようと真剣に考えれば、多くのスポーツに共通点が存在し、その共通点というのは、実は人間が身体活動を行う上において、極めて優先順位の高い要素だということを知っておくべきなのです。

まあ、あのイチローでさえ、「ゴルフの方が野球より難しい」と言っていたようですから、ゴルフに関しては大きな誤解をしているのでしょう。

もう一つ、ゴルフレッスンで当たり前のように語られているのが、テニスや野球はボールが動いていて、自分も動いているのに対し、ゴルフはボールが止まっていて、自分も止まっているから難しいのだということです。

余りにも当たり前であるかのようにレッスン書やゴルフ雑誌のレッスン記事に繰り返し出てくるから、それをおかしいということすらマズいことだと思っている人も多いのではないでしょうか。

そして、アマチュアー・ゴルファーまでもが、いつの間にかテニスや野球はボールが動いているから打ちやすいと平然と言ってのけるのです。

野球もテニスも初めたばかりの頃は、誰もが「ボールが止まっていたらどんなに易しいだろう」と感じていたはずなのです。

知り合いのテニスのプロに、「テニスはボールが動いているから易しいの?」とお聞きしたら、「そんなことはありません。事実、子供に最初教えるときは、動いているボールではとてもじゃないが当たらないから、紐で吊るした動かないボールを打たせます」と仰っていました。

普通に考えてみてください。

ゴルフは他のスポーツに例えれば、相手があなたを騙すようなこともしないのです。いつもあなたが打ちやすいと感じるところにボールを置いて、どうやって打つのか、どんな感じなら打てるのかということのリハーサルまでして打って良いのですよ。それのどこが他のスポーツよりも難しいというのでしょう?

想像してみてください。

野球でピッチャーが投げてくるボールが決まっていたら打ちやすいと思いませんか?

それも打ち難いコースではなく、あなたが打ちやすいコースに毎回投げてきてくれるのですよ!

テニスで相手があなたの打ちやすいところにばかり毎回ボールを打ってきてくれたら、易しいと思いませんか?

その上、事前に素振りを通じて、自分が打てる感覚を作り上げてから打って良いのですよ。

なのに、「ゴルフは自分もボールも止まっているから難しいんだ」と言うのが常識だと教えられ、それを鵜呑みにしてしまっているのです。

そしてそれがために、あなた自身もそう思い込んでしまっているのです。

反対に、もしゴルフで野球やテニスのようにボールが不作為に動くものだったら、止まっているボールを打つよりももっと難しいのは言うまでも無いと思いませんか?

何かと比較した時に、そしてロジカルに意味のある比較の方法をした時に意味のある答えが導き出せるのです。

何も検証も、自分自身で考えることもせず、何でもかんでも鵜呑みにしてできるだけたくさんのことを覚えることで、そしてできるだけたくさんのことを思い出しながら緻密にやっているつもりになっていることで、いつの日か素晴らしいショットが打てるようになると信じているのではないですか?

もし、他のスポーツや日常生活での動作において、極めて自然に効率よく行なっている動きがそうでないのなら、ゴルフも他のものを習得する時の方法に則って行うことの方が有効に決っているのです。

仮に表面上の形がことごとく異なっていたとしても(それほど異なっていないのが現実ですが)、実際の行動をしているのは人間なのです。

であれば、有効に使える機能や、有効に活用できる能力や方法は、あくまでも人間なりのものでなければならないのです。

もし

『ゴルフが特別』で

ゴルフが特に難しいと感じているのならば

それは『ゴルフが特別』なのではなく

ゴルフの技能の習得方法が歪んで伝わっていることとか

ゴルフだけが本来の人間の得意な方法論を使って上達する術に封印をし

人間にとってのナンセンスをレッスン書やゴルフ雑誌のレッスン記事の誤った論理で繰り返し説明され続けることで

あなた自身が誤解してしまい

あなたが人間として極めてやりづらいことをしてゴルフをやっているから

だと考えるべきなのです。

実はレッスン書は実際には人間の機能も物理的な特性も何も理解していない『ゴルフ理論家』がレッスン書やこれまで自分が見聞きしたゴルフの常識に基いて書かれている場合が殆どなのです。

私が1998年に帰国した当初、様々なゴルフ・メディアで「ゴルフの動きは特別ではない」。

「ボール投げやバケツの水撒きと同様だ」と説明して来ました。

それが近年、本質を理解していない人々の間で、一人歩きをして、ボールやバケツの水撒きまでゴルフの常識の形に当てはめて、もっともらしく説明しているレッスンに化けてしまっているのです。

実際には、他のスポーツで培った身体運動の感覚や、日常の活動で無意識に行っている動作の殆どが、ゴルフと共通している動作なのです。

歪んだゴルフレッスン特有の捉え方をしてしまうことで、ゴルフは特別だと言って、何の足しにもならない形や角度を教えられてきているのです。

ゴルフレッスンという、他の何物とも相容れない分野が独り歩きしているだけのことなのです。

実際には、殆どのゴルファーが、レッスン書を読む前に既にゴルフ・スウィングそのものに使える動きのパターンを持っているのです。

にも関わらず、その能力を使ってしまってはゴルフはうまくならないと「洗脳」されてしまうのです。

わざわざ、異なる要素を列記して、難しいものに(意図的に)しようとしているかのように感じられるほど、デタラメだらけの理論が常識としてまかり通っているということに気づいてください。自分自身で変えて行かなければいつまでたってもあなたのゴルフは窮屈で、なかなか上達せず、打ってみなければ解らないレベルから脱却することはないのです。

そして、自分自身で変えて行かなければいつまでたってもあなたのゴルフは窮屈で、なかなか上達せず、打ってみなければ解らないレベルから脱却することはないのです。

なぜ、共通要素を見つめなおし、自分自身が既に持っていて、無意識に体を、機能を司れるパターンをゴルフに当てはめようとしないのでしょう?

なぜ、ゴルファーは自分自身で考え、工夫をして自分がやりやすいようにするということをしないのでしょう?

あなた自身、かなりのレベルになれるだけの能力をすでに持っているのに、それに気づき、それお最大限に活用するだけで、かなりのレベルのゴルファーになれるのに、ゴルフの常識にとらわれ、苦しい思いをし続け、ゴルフは難しいと言い続けていることは、はっきり言って愚の骨頂だと言わざるを得ません。

何を見るか?どう見るか?与えられたものを鵜呑みにして、与えられた視点からのみ見るのではなく、自分自身がなにをどうやって見るのかを考えるようにならなくてはいけないのです。

もっともっと哲学的に、禅問答のように自分自身で、共通のものを見詰めることがあなたのゴルフを大進歩させてくれるのです。

ゴルフは他の多くのスポーツと、多くの共通要素を持ったスポーツなのです。

あなたがすでに持っているものを最大限に使うことを真剣に考えるべきなのです。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.