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メンタルは独立して存在するのか

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ここ数年、メンタル・トレーニングなるものに関する書物が増えてきた。もちろん、キャッチィーな新物好きなゴルフ界が放っておくわけが無い。

そして、それを読んだゴルファーの多くの方が、また、役に立たない薀蓄を蓄積し、自分自身の総合システムの問題を細かい微々たることの問題であるかのように、責任転嫁をして、いつの日か訪れる素晴らしいショットを連続して行えるという、はかない夢を追い続けるのである。

これまでは、スウィング・プレーンに問題が有るとか、トップの角度に問題が有るとか、ボールを良く見ていない事の責任にしてみたりと、事有るごとにその時々に「HOT」とされているレッスン・トピックを完全に出来ていない自分の責任と考えたりするのです。

さて、久しぶりのHPのアップデートだが、スポーツ・サイエンスの専門家として、最近のメンタル流行に注文をつけたい。

どれだけ、練習しようとも、どれだけ、「出来るぞ、出来るぞ」と言い続けようとも、結局のところ、古の言葉「心技体」がお互いを支えあわなければ、実際のパフォーマンスには寄与しないのである。

何しろ、ゴルフ界では都合の良い話が多すぎる。そして、何の根拠も、何の客観的判断も無しに評価をするということが多すぎるのである。

折りしもタイガー・ウッズが骨折をしながら、リハビリ途中ながら全米オープンに勝利し、トリプル・グランドスラムを達成したが、ゴルフの内容としては明らかにロッコ・メディエイトがはるかに勝っていた。あれだけ、長いクラブでボールを曲げながらも、あれだけの勝負を出来るタイガー・ウッズは「神様」と呼ぶしかない存在であるが、スウィングに関しては、どう見ても2000年以降、迷い道に入ってしまっている。

そして、今のままのスウィングを続けると、またすぐに膝を壊し(というよりも、現段階で股関節に問題を引き起こしていない事が不思議な動きをしているのです)、今年のようなシーズンを過ごす事が多くなることは明白なのですが、それに言及する人が居ない。というよりも、それでもタイガー・ウッズのスウィングは素晴らしいと、盲目的に連続写真分析などをしているのである。

話が逸れてしまったので、元へ戻そう・・・・・・・実は、話が逸れたわけでは無いのである。

今のタイガー・ウッズはメンタル、つまり「心」が「技」と「体」を引っ張っているのである。

とは言え、「心」が「技体」のパフォーマンス・レベルをより高いものにするかというと、否である。

つまり、元々持っているものをどれだけ出せるかということに関して、その時々においての「心」「技」「体」のうち、最もパフォーマンスの低い要素に全体のパフォーマンスが引っ張られるということなのです。

そうした意味では、今のタイガー・ウッズは残念ながら「技」と「体」に関しては、人並みなのである。しかし、人並みはずれた「心」を持っているがために、ああした勝ち方が出来るのであろう。

さて、一般のゴルファーではどうだろうか?

数打てばあたるようになるさ。やってはいけない多くの事を「左脳」の中に無数に収め、考えながら、意識しながら(殆どの場合、意識しようと考えているだけなのですが)練習をしていれば、いつか出来るようになると信じ、失敗例ばかりを重ねているゴルファーが、どうやって「心」を鍛えるのだろう?

やってもやっても出来ない事を重ね、いつかは出来ると頑張っている人が、結局のところ失敗例しかもてないのに、どうやって「心」=自信をつけるのだろう。

「出来ると信じれば出来る」というのは、机上の理論であり、学者のマスターベーションなのである。

どれだけ、心で「出来る」と念じても、「技」「体」が、それを実行できる能力が無ければ、残念ながら実行不可能なのである。

一般的に考えると、かなりのエキスパートになって初めてメンタル・タフネスがパフォーマンスに寄与するのです。殆どの一般ゴルファーにとっては、取って付けたようなめんたる・トレーニングは全くの利点が無いのではないでしょうか。

つまり、結局のところ、何をどうすれば結果が引き出せるのかという事を明確に理解し、意図的にコントロールし、それを守りきることで正しい結果を引き出せている現実こそが、「心技体」を同時に引き上げる唯一の方法なのです。

「結果を出したい」ということは、一所懸命ゴルフの上達を目指すゴルファーにとっては当たり前の欲求なのであるが、「結果を出したい」という気持ちだけで、結果の出しようが無い方法を行っていては結果は決して出ないのである。

 

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