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※注意書き

このHPにはたくさんの読み物があります。そして、本文とは別にこの文字と色を使って書かれた部分があります。

これは、私個人のつぶやき的な要素であったり、個々の読み物の筋からは少し外れるものの、結構大切な情報だったりします。

読みものの中には皆さんの大好きな「ここをこうしろ」みたいな情報はとても少ないですが、読解力をお持ちの皆さんであれば、きっと本意を汲んでいただけるものと信じています。

日本の大学を卒業してアメリカに渡る事になったきっかけはゴルフ界のゴルフ・スウィングに対しての認識の誤りの可能性の存在でした。大学の卒業論文で、ゴルフ・スウィングの分析を行った結果、レッスン書などで説明されている「ゴルフ・スウィング」の説明とは、大きく異なる結果が導き出されたのです。

就職も決まり、卒業後は社会人になり普通の生活をと、考えていた矢先のことでした。しかし、「常識」として考えられていることが、検証をしてみるとそうではない可能性が出て来てしまったのです。そこでやめるわけにはいかない、というのがきっかけでした。

結局、アメリカで研究者としての生活を10年余り送ったわけですが、私が常日頃から、そしてこのHPでもこれまで「ゴルフの常識」と考えられてきた要素に対し、自信を持って真っ向から否定できるのは、あくまでも科学的手法に則ってゴルフ・スウィングを検証した結果に基づいた知識と、それをサポートする様々なスポーツ・サイエンスの知識を持っているからなのです。

結局600ページ余になってしまった博士論文で、「エリート・ゴルファーのスウィングの共通要素の定義」の検証を行った結果、巷で「ゴルフ理論」として信じられている、スウィング・プレーンの角度や身体の或る部分の或る時点での形と、パフォーマンス・レベル(つまり、上手いか下手かということです)の間に、全く相関関係は存在しないということが明らかになりました。結果はそれだけに留まることなく、全くゴルフ界では語られることの無かった要素との間に高い相関関係が存在することが科学的に検証されたのです。

それらの研究結果と、人間の動きを科学するスポーツ・サイエンス全般の知識、コーチング論、心理学などの広範の知識を踏まえた上で、できるだけわかりやすく論理展開をしようと試みています。

多くの読みものが私のHPに存在しますが、疑問を感じたり、コメントをお持ちの方はメールにてコンタクトをしてください。時間が許す限り、また、価値を見出したメールにはお返事をしたいと考えています。

人間の感覚は視野を通して何かを感じようとすると、その他の感覚からの刺激の感受は極めて限られてしまいます。ゴルファーの場合、これまでのバックグランドが「写真を見て形を模倣する」ことに執心する「癖」を持っていますから、意図的に写真の掲載によって何かを理解していただくということを避けています。

学生であれ、社会人であれ、日常生活の中でテキストを通して文意を理解する、そして、その人の持っているバックグランドによって、同じテキストでも、理解と咀嚼の仕方が異なってしかるべきだと考えているのです。

私は写真としての形を見せ、箇条書きで説明をすることで、誰が読んでも解りやすい説明がゴルフ・スウィングの動きを理解していただくための最良の方法論だとは考えてはいません。それどころか、そうした誰でも同じにしか理解できない情報というものに価値があるとは考えていないのです。

(もちろん、数多くのレッスン書に書かれていることが嘘だと言っているのではありません。問題は見開き2ページ1項目の典型的なレッスン記事に掲載されていることは紛れもない真実だということなのです。

写真があり、その写真に現れた形をテキスト化して説明しているのですから、それは嘘であるわけがないのです。だからこそあなた自身がレッスン書を読んだ時に「わかった」と感じるのです。

しかし、本当に大切なのは「何故、その写真が使われているのか?」という、それが説明されることの重要性と、その一つの形を理解することが、あなたの「ゴルフの全体像の構築にとって、どのように有益であるのか?」ということなのです。

単にレッスン書に書かれているからとか、皆が言っているからあなたのゴルフにとっての必須要素であると鵜呑みにして取り入れることが本当に良いことなのかどうかを考えなければならないのです。何故なら鵜呑みにすることで起こる影響の犠牲者は紛れもなくあなた自身のなのですから。

例えば、トップの形は常にゴルフレッスンの金字塔のように、どのレッスン書を読んでも事細かに解説をされていますし、また、中には「トップが決まればショットは決まる」というようなことを言って憚らない輩が沢山存在しますが、これは明らかな嘘なのです。

なぜなら、同じトップのポジションから全く異なった種類のショットを打つことがいとも簡単にできるのですから。

これは単なる一例で、レッスン書などで「皆がこうしている」的な説明がなされ、その説明に則した写真が用いられ、その解説をされていると「なるほどそうか!」などと納得しているゴルファーが多いですが、世界のトッププレーヤーの中でも、レッスンの常識として皆さんが認識している要素から大きくかけ離れている人はたくさん存在するのです。しかし、そうした例外は存在しないものとしてページを構成するのです。

実際は、例外が多数存在するということは、その要素自体の重要性の存在を疑問視するべきことなのですが、そうしたことに触れることを良しとしないのが既存のゴルフレッスンなのです。)

誰もが読解力を持っているのです。写真を見て誰でも同じ情報しか得られない表現の仕方には、受け手が得られる有用な情報量は殆ど含まれていないのです。

私はテキストで表現され、一見難解に感じる情報を、何度も読み直し、自分なりに考え発想を展開することで、自分なりの理解が深まるのだと考えます。そして、そうした形態での情報の表現は、受け手の持っているバックグランドによって受け取れる情報が変わるだけでなく、同じ一個人の成長に従って感受できる情報が変化してゆくものになるのです。

いつ読んでも、誰が読んでも同じ情報しか得られないものは、一見解り易いようであっても、実は、圧倒的に情報量が少ないのです。

私は、一度読んだだけで全てのゴルファーが私の伝えようとしていることを理解していただけるとは考えていません。また、一度読んで理解できないからやめてしまう人が本質的にゴルフ・スウィングの効率の良い動きを理解し、習得できるとも考えていません。

厳しい言い方だとは思いますが、その程度のことができないゴルファーに残された道は、誤った方法論で暗闇の中のゴルフ人生を送るか、信じられないほどの努力と練習時間と球数による、「慣れによる上達の奇跡」を祈ることになるしかないと考えています。

(誰もが知っているフギュアースケートの浅田真央選手が2010年のバンクーバーオリンピックの後、ジャンプの技能の改善を目指して練習を開始しましたよね。浅田選手にとってはその時点での自分の持っている脳力よりもより高いレベルに行くことを目指しての決断だったのでしょう。しかし、その後成績が振るわず、マスコミの多くが浅田真央選手の英断を疑問視していました。

皆さんがどう捉えるかを私がコントロールできるとは考えていませんが、私は浅田真央選手のレベルでさえジャンプの技能の改善をもたらすためにはあれだけの時間と努力が必要なんだなという捉え方をします。

一方、多くのゴルファーは少しどこかを「ちょこっと」いじったら、夢の様なパフォーマンスがその直後に現れると期待しているような行動をしているとしか考えられない場面にしばしば出会います。

そして、レッスン記事にもそれを助長するような無責任な記事が溢れているのです。

他のスポーツをある程度経験した人なら簡単にわかることだと思いますが、毎日毎日飽きもせず(と言うか強制されていた感は否めませんが・・・)同じ基本的な動作を繰り返し練習したものです。

そしてそれを地道に繰り返すことが習得、上達につながったということは経験的にわかっているはずなのです。

しかし、ゴルフにおいてはそうした人間が何かを習得する道筋とは全く相容れない方法で、急激な上達ができるものであるかのような対峙の仕方をしている人が少なくありません。

ゴルフだけにそんなに虫のいい話は存在しません。

皆さんだって口では「ゴルフは難しい」と言っているではないですか?なのに、実際の行動はそれとは真逆の極めて簡単なことを習得するような方法を実行しているのではないですか?

正しいことを正しく繰り返す。そんな普通のことさえ解らなくなってしまっているゴルファーが掃いて捨てるほどいるのが現実なのです。

もちろんゴルフ雑誌やレッスン書にそうしたニュアンスのことが溢れているということは現実として存在しますが、だからといってあなた自身が正しい判断基準を確立し、自分にとっての有意義なことを判断する能力を持てば問題のないことなのです。

しかし、現実には「ゴルフは難しい」と言いながら「虫のいい話し」にばかり飛びつき、練習場で2、3発打って、結果が出なければ「この方法は自分向きじゃない」のような判断をしているのです。

そんなに甘いモノではありません。

しかしだからといって、ゴルフが特別で、他のスポーツや他の物事とくらべて群を抜いて難しいかと言うとそうでもないのです。

問題は「何をどういう意図を持ってどのようにやるか?」ということなのです。そして如何にして、それを継続するのか?ということなのです。)

これまでのように、写真に現れた結果としての形を模倣することに執心し、ゴルフの上達のために何年もの歳月と努力を費やし、結果的に大した上達をしていないゴルファーが余りにも多く存在すると思います。私はそれが一朝一夕に替えられるとは全く考えていませんが、確実に替えられるものであることに間違いはありません。

キー・ポイントは「正しいことを正しく行えるか?」ということなのです。「正しさ」そのものが誤っていたならば、それをどこかで修正をしない限り何も変わることはありません。

何故、ゴルフだけがこんなにも難しいものになってしまっているのか。なぜゴルフだけは別物と捉えることが当たり前になってしまったのか。ゴルファーとして一度は真剣に考えてみるべきだと思います。

そして、このHPがそのきっかけを作れることができたらとても幸せです。

私は日本国内に5000人余存在するプロゴルファーというパフォーマーを目指して、日々数多くのボールを打ち続けてきた人をどうこう言うつもりはありません。しかし、そうした人が正しく「理論」を構築し、正しい「理論」を語ることは可能性としては極めて低いと考えざるを得ません。何故なら、理論構築というものは非常に厳密で繊細なものであり、ある意味ではどこにも抜け道が存在ないものでなければならないからなのです。

もちろん、巷に溢れるゴルフ理論のように、例外は存在しないものとして触れることもなければ解説することもしないというのであれば、それはそもそも「理論」と呼ぶべきものではないのです。

さて、少し柔らかい話をしてみましょう。

例えば、ゴミ箱にゴミを放るとき、あなたは放る前に無意識ではあるものの、間違いなく「入りそう」な感覚を掴んでいると思いませんか?きっとその感覚がなければゴミを放ることはしないですよね(だからといって、結果的にいつもゴミ箱にゴミが入るというわけではないのですが・・・)。

キャッチボールをするときや、テニスのサーブをするときも、「相手のところ、或いは狙った所に行きそう」とういう感じを掴んでいるはずです。

(ゴルフだとこの「事前の感じの確立無しに打っているのに、結果はいつもうまく行かなきゃならない」的に考えている人が少なくありません。

アマチュアーゴルファーの多くは、打ってみないと結果は解らないものだと考えている人が少なくないようですが、上級者やプロゴルファーでは、「打つ前に打てる感じを明確にできていないショットは打たない」ものという判断基準が普通の事として存在しているのです。)

この「感じ」を言葉や、結果としての形を模倣することで習得することはできません。なぜなら、あなたの動きは、あなた自身が感じ、あなた自身が意図を持って表現しなくてはならないからです。

そして、動きにはそれを成り立たせる要素に、明らかな優先順位が存在します。

ゴルフレッスンでは当たり前のようにセット・アップから始まり、バック・スウィング、トップ、ダウン・スウィングなどと、ゴルフ・スウィングの動きの順序に従って、(ゴルフスウィングの説明に用いることが常識となっている写真の)説明のために取ってつけられた部分の細かい形や角度を知らないといけないものであるかのように説明を進めて行きます。

そして、あなた自身がそれを思い出しながら模倣することによって

ゴルフスウィングの動きをコントロールすることで上達、体得できるもののように誤解させられてきているのです。

(中には、自分の体のことなのに、いちいち目で見ないとできているのかできていないのかを確認できないゴルファーまで居るのです。実はとても多いのです。あなたの体のパーツですよ。感じる術は誰でも持っているのですよ!それを、頭で考えて、写真の形に当てはめて、実際にはいとも簡単にあなた自身の感覚で捉えられることまで、レッスン書のフォーマットに沿ってやることが当たり前のことだと誤解し続けて、また、そうした方法を何の疑問も感じずに実行する困った癖を身に着けてきてしまっているのですよ。

病気に例えれば、すでに死に直面するような病になってしまっていてもおかしくないくらいの劣悪な生活習慣ですよ。)

ゴミを放るとき、キャッチ・ボールをするとき、テニスのサーブやストロークをするとき。スポーツの動きに留まらず、日常生活の様々な動きの中で、あなたはゴルフのように様々なことを考え、意図的にやろうとしない限りできないのでしょうか?真剣に考えてみてください。活字として説明されているゴルフや、ゴルフはこういうものだと通説のようになってしまっているものを、鵜呑みにすることが、もしかしたらあなたのゴルフ人生を苦しいものにしているのかも知れません。

「ゴルフの動きは複雑だから」と、何とかゴルフは難しいというアイデアをサポートすることで、これまでのゴルフそのものの考え方を正当化しようとする輩が多数存在しますが、例えば、いすに座った状態から棚の上に置いてある物を取り、再びいすに座る動作でも、実際にゴルフ・スウィングのように角度や、各身体部位の使い方を分析し、それを動作を起こす本人が全てを司ろうとしたら、極めて複雑なものになるのです。

しかし、人間としてのあなたは、様々な複雑な動作を、或るキー・ポイントを司ることで、無意識に「できそうな」感じを掴んでいるのです。そして、実際にかなりの精度と反復率を持って実行しているのです。

それに対してゴルフでのあなたはどうでしょう?

「上手く当てなくてはいけない」、「ミスしたらどうしよう」、「打ってみないとどこへ飛ぶか解らない」といった状態ではないでしょうか。それも、多くのゴルファーが何年も努力をした結果がそれです。

何かが間違っているのです。

ゴルフそのものが、異常に難しいものではないのです。

あなた自身の能力が欠如しているのでもないのです。

考え方、そして実行する際の方法論が間違っているのです。

私のバックグランドは日本に5000人以上もいると言われているプロ・ゴルファーやインストラクターとは全く異なります(詳しくは、私のプロファイルをご覧ください)。

私自身がどちらが優れているとかあなたに合っているとかを決定する役を担っているのでもありません。私は病気を抱える方々にとって西洋医学と東洋医学が存在するように、ゴルファーにとっても様々な考え方やチョイスが存在して然るべきだと考えています。

ゴルフ業界では、異端児であるとか、既存のメソードに対して否定的だと言われます。しかし、私は全く異なった視点からゴルフを捉え、10余年に亘るアメリカでの科学者としての研究を通じて、「明らかに間違っている」説明を正し、ゴルファーにとって、よりゴルフを楽しめる方法論を提供してゆきたいと考えているのです。

実際科学者の目から総合的に既存のゴルフの説明を考察してみると、大きな2つの要素が決定的に欠如しています。一つは物理的要素。もう一つは人間の持っている能力に対する知識の欠如、特に、脳の機能を無視していることです。

果たして、この2つの要素が欠如した説明に何の意味があるのでしょうか?果たして、この2つの要素を欠如した、単に結果の形として現れたものを模倣することで、ゴルフが上達するのでしょうか。また、そうすることで、あなた自身がショットを打つ前に「これは打てるな」という感じをいつも掴めるようになるのでしょうか。

既にレッスンをご受講いただいてきた生徒様には、「練習をしなくても打てるゴルファー」、「打てる自分を、その場で意図的に自分が引き出せるゴルファー」を目指していただきたいと常にお伝えしています。

初期の段階では、これに対する価値観を見出せないゴルファーが殆どです。また、ゴルフ・スウィングとは、恰も全ての身体の部分とクラブの動きを緻密にコントロールしなければならないもののように伝えられているこれまでのゴルフを考えると、そんなことができるとは俄かに信じられないという状況なのも理解できます。しかし、考えてみてください。物を投げるのは、あくまでも投げると捉え、投げる方向、投げる物体の重さや長さが変わろうとも、「投げる」は「投げる」です。そして、様々なものを様々な方向へ「投げる」ことを、人間はいとも簡単に行っているのです。それだけではなく、その「投げる」動作を起こす前に、「投げられる」感じを掴んでいるのです。

それでは、どうして、ゴルフになったとたんにそれができないと決め付けてしまうのでしょうか。それは、既存のゴルフの考え方に問題があったからに他なりません。あくまでも人間的な動きのコントロールの方法を無視し、物理を無視し、脳の機能を無視した、表面上の形を模倣することがゴルフ・スウィングだと決め付けられてきたからなのです。

つまり、ゴルフの本質的な上達を目指す場合の最も大きな障害は、あなた自身のゴルフに対する考え方なのです。決してゴルフの動きが他の動きと比べて際立って困難なものではないのです。

もちろん、こうした考え方を理解し体得できた人、理解はできても動きとしてなかなか反映できない人、既存の考え方から抜け出せず悩み続ける人、これまで自分を捨てきれずに挫折をしてしまった人、様々な生徒様がいらっしゃることは確かです。

これまでの自分にこだわることがどれだけ価値のあることかは、あなた自身が判断をするのです。

人間が、何かを習得しようと、ゴルフの練習くらい真面目に取り組んだとき、ある程度のレベルまでは結構な進度で習得できるはずです。それに対し、ゴルファーの中には、ゴルフ暦20年と言いながらも、ゴルフ・スウィングとは言い難い動きを行っている人、あくまでも結果を導き出せない人、或いは、練習を頻繁に行っていない限りボールに当たらなくなってしまう人、などなど、到底他の動作では考えられないことがゴルフでは日常茶飯事に起こっています。そして、これまではそれはゴルフの難しさだと説明をされてきたのです。

また、ゴルファー側からすれば、ゴルフが難しいから、なかなか上手くならなくても仕方の無いことだと納得をしてしまっているのも現実です。

しかし、ゴルフを何か他のスポーツや動作と対比させて考えたとき、余りにも不条理で、余りにも自分自身の能力を発揮できていない現実を理解できると思います。

そして、これまで何年だろうと、何十年だろうと行ってきた、間違った考えに基づいたゴルフ・スウィングをどこかで軌道修正をしない限り、あなたのゴルフは一生そのままであることに変わりはありません。

もちろん、これまであなたが継続してきたゴルフがあなたが十分納得できるものであれば、そして、効果的な結果をもたらしているのなら、何も軌道修正をする必要はありません。しかし、そうでないのなら、そしてゴルフの上達を切望するのなら、これまでの自分にこだわる価値は皆無なのです。

ゴルフは大変楽しいゲームです。そして、本質的なゲームの楽しさを知らずしてもゴルフは楽しいと感じるゴルファーが大多数であるということも事実です。

日本に1000万人以上いるというゴルファー。その中のどれだけのゴルファーが実際にゴルフの楽しさを味わっているのだろうか。他のスポーツのように、自分自身がゲームをコントロールし、自分自身が「できる」感覚を持って、自分で立てた戦略どおりにコースを攻略して行く醍醐味を知っているのだろうか。

ただ良い当たりをしたことがゴルフの楽しさでは決してありません。ゴルフはゲームです。そのゲームのツールとして存在するはずのゴルフ・スウィングそのものがゴルフになってしまっているゴルファーが殆どのような気がします。言い換えてみれば、バスケット・ボールのドリブルの仕方がバスケット・ボールになってしまい、上手くドリブルができたら楽しいと言っているようなものなのです。

私はいつの日か、全てのゴルファーがゲームとしてのゴルフを楽しみ、練習場で練習している姿を見ても、首をうなだれてボールばかりを見て、バック・スウィングのことばかりを考えているのではなく、明らかに何かを狙っている目をしているゴルファーになってくれたら良いなあと思っています。

このイントロダクションを読んで、これまでの自分のやってきたゴルフが何か違うのではないかと感じていただければ幸いです。

鵜呑みにしてしまい、「そういうものだ」と決め付けてしまうことほど危険なことは無いのですから。疑問を感じ、その疑問を解明してゆくプロセスこそ、ゴルフの上達を促すプロセスなのですから。そして、そのプロセスこそが、あなた自身を不必要な、或いは有害な情報から守る城壁なのですから。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.