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どうやって「正しさ」を判断するの?そんなに簡単に鵜呑みにしてしまって良いのですか?


新しいことを始めようとする。或いは、間違ったことをやっている状態から正しい状態に戻そうとする。

そうした状況において、最初に必ず真剣に考えるべきことは、「これは自分がこれから努力して習得することに値するか」の評価をすることです。

大人になると、「まずやってみる」よりも、「頭で理解する」ことから入る方が圧倒的に多くなります。それはそれで良いことなのですが、ゴルフ・スウィングの場合、理解はしても「身体が動かない」という弁解の言葉をしばしば耳にします。

この弁解には明確に2つの異なる理由があります。

①そもそもできない、或いはやるべきでないことをやろうとしているということ。

②本来やるべきことなのだが、これまでの自分がやりたいと思っていたことと相容れないためにやれない。

というものです。

もちろん、理由がどちらであるかによって予防策は異なりますし、対応も著しく異なるのですが、多くのゴルファーにとって、どちらも「できない」とういう同じことば、同じ意味のものになっているようです。

私がゴルフ・スウィングのパターンが間違っていると言っているのは、巷で言うスウィングのプレーンがずれているとか、フェースの向きが悪いといった、局部的な現象のことではありません。

「歩く」動作に置き換えれば、右脚と右腕が同時に進行方向へ振り出されるというレベルの、或いは、脚と腕が全く違う方向へ進もうとしているという類の、動きを形成している根本的な問題の話しなのです。

つまり、これまでの独立した部分部分の断片的な形や角度ばかりを気にしてきたゴルファーにとっての判断基準、或いは感覚の基準は、右脚と右腕が同時に振り出されたり、上半身と下半身が全く違う方向へ進もうとしているのと同じレベルの動作ですから、正しいことを行うと、当然のように違和感を持ち、時には恐怖感さえも持ちます。

それは「ボールを打てそうな感じがしない」感覚になってしまうということなのです。

理論に対して判断を下すことは、順を追って説明すればかなり素直に理解ができるようなのですが、いざ自分の身体を動かす段階になると、やはり殆どのゴルファーが元のパターンで何とかボールに上手く当てようとしてしまうのです。

これまでの練習では、何とかその場で良いショットを打つこと、(意識的であれ無意識であれ)ボールに上手く当てることを目的としている人が多いですから、クラブを持ってボールに構えた瞬間にボールに何とか上手く当てようとするのです(初心者の頃から無意識に培ってきた上手く当てたいという気持ちと結びついた脳内のプログラムが立ち上がってしまうので、実際にはそのルートで練習している限り、脳に太刀打ちはできないのです)。

そして、頭で何を考えようが、身体は「ボールに上手く当てようとする」元の動きをしてしまうのです。

初回のコンサルティングで実際に正しくなってしまうパターンを提供し、実際それを行ってみると、初めてトライした動きのはずなのに、かなりのパフォーマンスをできることが少なくありません。

それも、これまでとは比較にならないほどの気持ち良さと共に、信じられないほど弱い力でボールが「スパーン」と飛んだりするのです。

初回のコンサルティングで実際に正しくなってしまうパターンを提供し、実際それを行ってみると、初めてトライした動きのはずなのに、かなりのパフォーマンスをできることが少なくありません。それも、これまでとは比較にならないほどの気持ち良さと共に、信じられないほど弱い力でボールが「スパーン」と飛んだりするのです。

それでも、殆どの場合、本人にとっては、「何故こんなことをして打てているか解らない」状態なのです。

なぜなら、部分部分の形を覚え、それを意識しないと打てないのがゴルフのはずなのに、打ててしまうからなのでしょう。

それは、つまり、これまでの「打てるはず」の感覚と、実際に「打てる」感覚が大きく異なっているからなのです。

或いは、「わかる」ということ自体の「わかり方」がそもそも動作に対して適切に「わかる」とは全く異なった、『ゴルフレッスンのわかり方』というものが存在するのです。

これに関しては他の読みものでも説明していますので、読んでみてください。

ですから、私は動きのパターンを正しいものに替える初期段階に、本人が正しさを評価するべきではないと考えています。できることなら、子供のように何しろやって欲しいのです。

そして、私がこういう方法論をに従ってこうしてくださいということだけに集中して、それを行っていただければ必ず正しい動きをすることができるのです。

どこをどうするという、手順的なことばかりを記憶して何の目的も持たず、何も意識せずただドリルや練習をするゴルファーが多いですが、実際には手順よりも、何のためにどうやって自分が何を行い、何を意識するのかということをしっかりと把握して臨まないと効果は期待できません。

練習場に行くと、大局を理解せず、大局を正しく行わず、取るに足りない局部的なことに執着している(フリをしている)ゴルファーを多くお見かけします。

そして、大局ができていないにもかかわらず、局部的なことばかりを指導しているレッスンもしばしば目にします。

あなたのスウィングを正しいものに替えるということは、あなたが正しいと信じるものを替えるということなのです。

これまでの動きの大局を替えること無しに何か小さな部分を変えて結果が良くなるというレベルのゴルファーはそれほど居ないのです。

実際、歩くときにきちんと歩けるくらいのレベルでゴルフ・スウィングができている人は、既にかなりのレベルのゴルファーになっているはずなのです。

信じられないかもしれませんが、トーナメント・プロの中にも、右脚と右腕が同時に進行方向へ振り出されているレベルの動きの質しか習得していない方も居るのが現実です。

もちろん、PGAでシード権を保持しているようなレベルの選手の中には見当たりませんが、それ以外のツアーであれば驚くほど多くのプレーヤーが少なくとも本来習得すべきことをきちんと習得しているとは言いがたいレベルなのです。

それでも、時間と努力を費やせば、そこそこの(殆どのアマチュアーゴルファーにとっては夢にも思わないほどの)レベルにはなれるのです。

しかし、すべてのゴルファーが毎日練習場に通い、500球打ち、週に3ラウンド以上こなすと言うことができるわけでは有りません。そういう練習の仕方で「慣れる」ことによって培われた能力を誰でもが身につけることができるわけではないのです。

練習量が少ないからこそ、練習時間に制約が有るからこそ練習の質を高く保つことがより必要になるのです。

本気で限られた時間の中で上達を望むのなら、正しいことを効率よく行うことが必要なのです。

環境的優位性が存在しない分、プロよりも質の高い練習を求めなければ上達はままならないと考えた方が良いのです。

最後に、質の高い練習によって培われた技能は、ある意味永続的に保つことができる可能性が高いものなのです。

何故なら、理論的に正しいことを理論的に正しい方法で行うことで、正しい事を自分自身の感覚に落としこみながら練習をして技能を習得していくわけですから、いつでも磨き直すことができるし、いつでも引き出すことができるのです。

一方、量に頼って培った技能は、練習を怠ることですぐに何処かへ消えてしまいますし、再度正しい動きと感覚を確立し直すための時間と練習量も、質を伴って培った技能とは比較にならないほど、大変なものになります。

更に、どれだけ練習をしたところで、慣れで打てるようになった技能に物理的であったり、人間の能力という視点から見た場合に問題が存在する場合、あくまでもその動きの結果としてのエラーは、正しいことを正しい方法で培った場合と比べて、明らかに大きなものとなるのは言うまでもありません。

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