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「掴んだ!」と思ったのに・・・すぐに失くしてしまう・・・なぜ?


「完璧」ってあるとき思っても、すぐにそうでなくなってしまうのがゴルフなのでしょう。

きっとこれまで皆さんもある瞬間に「できた」「掴んだ」「これで完璧」と何度も感じたことがあるのではないでしょうか?

でも、多分、いつまで経っても、どれだけ上達しても、完璧にはならないのがゴルフなのです。

それがゴルフのゲームの奥深いところ。

ボーリングだと満点と言うのが存在するけど、ゴルフではそれが無いに等しい。

究極のスコアーって54どころか、物理的にはもっと全然少ないストロークなのです。

まあ、現実問題としてはほぼあり得ないのだろうけど、通常のPar3⇒4ホール、Par4⇒10ホール、Par5⇒4ホールのコースだと

すべてのホールでレギュレーションでグリーンに乗ると仮定して、それがカップインしちゃえば、物理的には36というスコアーが可能になりますよね(1R でですよ!)。

もし、1打で届いちゃうPar4や2オンできるPar5 が有れば、その分もっとスコアーは減らせる可能性は存在するのがゴルフというゲームです。

でも、今のところのギネス認定の最少スコアーは2012年5月12日にUSPGA下部ツアー(Golfweek National Pro Tour)でオーストラリア人が達成した55と言うものらしいです。

まだまだ、減らしどころはあるのですね。

55でも充分ものすごいスコアーですが、でも、可能性を考えたらもっとすごいスコアーもあり得るのです。

でも、ゴルフが行われる「コート」(コース)はいつも一緒じゃない。

わざと、スコアーが出にくく設計したり、設定したりするのです。

だから、多くの場合練習場でショットだけを練習して「完璧」などという判断をしたって、全く意味のないのがゴルフと言うゲームなのです。

「ゴルフ=打つ技能」と考えさせられているゴルファーが少なくない(頭ではそう考えていなくても、実際の行動はそうなっている人が多いのが現実です)ので、練習場で「完璧」とか「掴んだ」と思ってしまうのも無理はないのですが・・・

冒頭に書いた通り、「完璧」ってあるとき思っても、すぐにそうでなくなってしまうのがゴルフということになるのです。

で、打つことそのものがゴルフだと考えてしまっている人は、どうしても悪のスパイラルに陥り易い。

そして、それに拍車をかけるのが、打ち方を覚えるものだと思い込まされていること(思い込まされる=そうとしか受け取りようのないゴルフレッスン情報がほとんどなので、いつの間にかそういう風に咀嚼すル癖がついてしまっているのですね)。

つまり、「完璧」=「覚えた」と誤解するわけです。

知識と同様、覚えたらもう忘れないという発想があるのでしょうね。

過去に何度も何度そうした手痛い目にあっていても、「今回は本物だ!」なんて思い込んじゃうんでしょうねぇ・・・

まあ、それはそれとして。

例えば、1週間前に練習場に行ったときには、すごく調子が良くて、それこそ、「掴んだ」「もう完璧」と感じてしまったとしますよね。

そうすると、次の練習場では、もちろん「完璧」な自分を期待するのがそういった発想を持っている人の常。

当然、前回の練習で「完璧」で「掴んだ」自分になったのだから、今回も「完璧」で「掴んだ」ゴルファーが打つようなショットが出ると思っているし、もちろんそうした結果を求めて練習をするのです。

ところが、そうそうオイシイ話ばかりではないのが人間という生き物のパフォーマンス。

「完璧」だったはずの自分が、ありえないようなミスショットを犯す。

こんなはずはない・・・

次のショットは前回の「完璧」で「掴んだ」自分のショットが出るはずだと、前回の結果を求めて(無闇に)頑張る。

ちょっと前に調子が良かったら、その時の結果ばかりを出そうとして焦る。

そして、実際にその場でその一打のためにやらなければならないことはおざなり(なおざりかな・・・?)になる。

そしてまたミスをする。

そうすると今度はもちろんどこが悪いのか考える。

自分自身の粗探しの始まりだ。

そうなると、もう泥沼。

やるべきことよりも、やってはいけないことばかりが頭の中を占め、良いことをやるよりも、悪いことをやらないことがその場での目的に替わる。

まるで、その場でたまたま気づいた「やってはいけない悪いこと」を治せば、すべては良くなると信じて止まない(というより「信じて病む」ですね・・・)感じ。

そして、またその場の一打に対して大切なことをしっかり事前に作り、しっかりその感じを実行する自分ではなくなってしまうということになる。

こうなるともう歯止めがきかない、悪のスパイラル。

あとは、黙々と打ち続け、打ちのめされて帰るのか、たまたま良いショットが連発して、また能天気に「やはり完璧だった」「掴んでいたのは本物だった」などと、こんなところで強引な前向きの考えに浸るかのどちらかだろう。

もちろん、そのどちらも砂上の楼閣。

次回の練習でまたあなたを打ちのめす弾丸になるのです。

あるとき自分では完璧だと思ったとしても、完璧になれるなんてことがないのが人間なのです。

そして、その完璧と思った自分と、ミスする自分のギャップが大きいのがゴルフ。

なので、事前にやることをしっかりやっても、そしてそれをしっかり実行したとしてもミスが起きるのがゴルフだって考えていないと、やられちゃいますよ。

実際そうなのですから。

前のショットの(一週間前の練習なんてもってのほかです)栄光は考えず、(前のショットのミスも考えずというのは当たりまえですが・・・)その場での一打に集中する。

これですよ。ゴルファーにとって大切なのは。

もはや、これは技能云々ではなくて、「思想」の問題。

全く同じ自分でも、物事をどう捉えるかによって、「できる自分」にも「できない自分」にもなってしまうのです。

どれだけ練習を積んでも、こうした思想を持たないと、ゴルフは上手くなれないのです。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.