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ゴルフの情報を正しく判断するために他の動きと比較してみよう


巷では常識のように言われているけど、本当に他のスポーツや普段の動作を活用できないほど『ゴルフは特別』なの?

誰でも普段はこれまで自分の経験したことや、聞き知ったことを参考にして、新しいことにトライするときや、様々な問題解決が必要な時に役立てているものです。

例えば野球をやってきた人がゴルフを始めたときは、野球のバッティングと同じような動作を使ってゴルフをしようとするでしょう。

テニスをやってきた人も、テニスのストロークと同じような感覚でクラブを振ることを試すはずです。

しかし、もちろん全く同じ動作ではないですから、或る時期からよりゴルフ的な適応をすることが必要になることは間違いありません。

そこで、ゴルフレッスン書やゴルフ雑誌のレッスン記事、レッスンプロからのレッスンや仲間内でゴルフが上手いと評判の御仁から手ほどきを受けたりするのです。

そこで出現してきてしまうのが「ゴルフの常識」というやつです。

結果として表面上に現れた形のうち、説明に都合の良い部分だけを選択して写真と言葉で断片的に説明して覚えさせようとするやつです。

そして、ゴルファーの常として、ゴルフのこととなると、常にそのゴルフレッスン書フォーマットの枠の中で捉えようとするようになるのです。

何故なら、「ゴルフは特別」で「ゴルフとはそういうもの」と教えられるからなのです。

本当にそうなのでしょうか?ここで考えなおしてみましょう。

何故なら、この習慣こそがあなたのゴルフの上達を妨げている悪の根源かもしれないのですから。

例えば、日常生活では簡単に、或いは、無意識にできてしまっている動作であっても

ゴルフになると

写真的イメージで分析し

体の各部分の角度や使い方を考え、そして実際にスウィングをする時にも

それを思い出しながら行わないとできない

と考えてしまうのです。

レッスン記事やレッスン書では、しきりに

ゴルフは特別であるとか

野球やテニスとゴルフは違う

恰もそれが真実であるかのように書かれています。

そして、それを読んだ多くのゴルファーがまた人にその受け売りを広めるということを平然と行なっています。

果たして本当にそうなのでしょうか。

もちろん、全て同じということはありえませんが、似通っている点はかなりあるはずです。

しかし、ゴルファーはそんなことさえも自分自身で考えようともしないのです。

そして、違うという言葉を鵜呑みにしてゴルフを難しく難しくしていることに自分自身が気づくこともできないでいるのです。

実は、野球やテニスに限らず、多くのスポーツや日常生活で人間が行っている動作とゴルフの動作は共通点が多いのです。

もちろん、結果としての形の話ではありません。

何故、ゴルフ界でゴルフは他のスポーツと違う、特別だと言われているかと言うと、その理由は、何を見るかという視点が間違っているからなのです。

野球でも、テニスでも、ホッケーでも、剣道でも手に持った道具の角度や形が全てであるという考え方で観察してしまったら、殆どのスポーツは全く別物になってしまいます。

先日、プロ野球選手とJ-リーグの選手たちと練習場に行ったのですが、間違いなく身体能力に優れている彼らでさえ、ゴルフ・スウィングをすると明らかに人間として変(笑)なのです。

少なくとも、一流のアスリートが身体活動を行なっているようには見えないのです。

つまり、彼らもゴルフは別物と捉えて、形を作るということに執心しているのです。

そして、もちろん『ゴルフは特別』と鵜呑みにしているのです。

そこで、私のいつもの講釈が始まるわけです。

一通り、野球やサッカーの体の使い方の話を彼らとした後、ゴルフとの共通点を指摘し、同じ動きの質ですよと伝えると、いとも簡単に動きが替わるのです。

そして、ちゃんと当たったときの球筋は、本人も見たことも無いような球筋に一瞬にして替わってしまうのです。

また或る時在京球団の元大エースだった方のゴルフコンサルティングをした時のことです。

私が知っているその方はテレビ画面の中のピッチャーマウンドに堂々と立っている、「バッターを切ってとってやるぞ!」という雰囲気満々の姿なのです。

しかし、ゴルフ練習場の打席に立った姿は、「何やってんですか?」と言わざるをえないほど、縮こまって自信のない姿なのでした。

ご本人曰く「8Iで130ヤードも打てないのです」とのこと。

その姿は、明らかにどうでもよいことを一所懸命やろうとしていて、本来やるべきことがわかっていない「迷える子羊」状態なのでした(いえいえ、決して、子羊なんて体躯ではないのですよ。大男です)。

ボールをよく見て、頭を動かさず、下半身を止めて上半身を水平に回転してねじれを作り、脇を締めてシャフトの角度は云々・・・と、ゴルフの常識と言われていることを、極めて真面目に実行しようとしている姿なのです。

ある意味、超一流のアスリートにしてさえ、本来やるべきことを間違ってしまうと全く機能しなくなってしまうということの良い例なのです。

しかし、野球のピッチャーがやってきたことと比較して、もちろん

動きだけでなく

その場での意図であるとか

感性であるとか

そういったものを総動員して、本来のショットの目的に対して表現をする

ということが大切なのですよということを説明した瞬間に、全くの別人に変貌するのです。

ゴルフに対しても技能の転換ということがいとも簡単に行うことができ、それを行うことで飛躍的に能力が向上するのです。

ゴルフレッスンでは、すべてをレッスン書やゴルフ雑誌のレッスン記事のフォーマットに当てはめて考えなければわからないはずだという、暗黙の了解に基いて説明をするものと決めてかかってしまっているがために、「ゴルフは特別」という事が起こってしまっているのです。

そして、そうした見方をするから、ゴルフは他のスポーツとは全く異なるから、違うことをしなければいけないのですよと教え始めるわけなのです。

わざわざ、違うところを見ようと思えば、違うところはたくさんあるのです。

少し余談ですが、ゴルフレッスンの新理論と呼ばれるもののほとんどが、この「わざわざ違ったところを見つけ出す」という、技能習得にとっては、明らかに非効率的なことを意図的にやっているというものなのです。

(では、脱線ついでに。お言葉に甘えて・・・

このHPに書いてあるような読み物をゴルフレッスン書として出版しようとすると、必ずと言って良いほど担当編集者の「難しくてわからない」という壁に激突するのです。

読み物として考えた場合、そんなに難解なことが書かれているわけでもないし、新聞と比べて文体が難しいとか、私のボキャブラリーが極めて専門的だというわけでもないと思うのです。

(もちろん、私はライターではないですから、文が必ずしもうまいというわけではないですが・・・・)

明らかに、ゴルファーは読解力が無いものだと言っている。

といよりも、ゴルフ担当の編集者の読解力にとって、こうした文章が難しいということなのだと思うのです。

ゴルファーが長年のゴルフレッスンのフォーマットに洗脳されて、典型的な咀嚼の仕方しかできなくなってしまったのと同様、ゴルフ関連出版物の編集者の読解力はレッスン書レベルになってしまっているのだと思うのです。

つまり、ゴルフレッスンの情報は写真の形を言葉で説明し、それ以上でもなく、それ以下でもない。

誰が読んでも、誰が見ても、同じ情報しか抽出できないフォーマット以外は理解できないということになってしまっているのだと思います。

一般のゴルファーの方に対してもこれだけ偏重した影響を及ぼしているのですから、そうした仕事に携わっている人にとっては、より強い悪影響が出るのも仕方のないことかもしれませんね。)

さて、話を元に戻しましょう。ゴルフだって他のスポーツの動きを生かせるんだという話でしたね。

普段は何の意識もせずともいとも簡単にボールを右にも左にも投げることができますよね。

それどころか

形の異なるもの

重さの異なるもの、

両手で持たなければならないもの

足場の悪いところから放らなければならないとき

などなど、いろいろな組み合わせに対して、極めて自然に、無意識下ですべてをコーディネートして結構なことが実行できているのではないですか?

それが人間の優れたところなのです。

それを積極的に優先的に活用することを考えることが重要なだけでなく、得策なのです。

しかし、そうした普段は単なるバリエーションとして、無意識にコーディネートしていることも、ゴルフレッスン的な見方をすれば、全く異なる動きとして説明されるものになってしまうのです。

実際、このトピックで平気で本を一冊作れるようなものに変貌してしまうのです。

釘を壁に打つのと床に打つということも

キャベツを千切りにするのと長ネギをそぎ切りにすることも

ゴルフレッスン的に説明すれば、全くの別物だから「特別」なものとして、「結果として表面上に現れたランダムな部位のランダムな時の形を言葉として説明して形を理解する」ことが必要なのですよ、ということになるのです。

違うことに注目して

違うものとして特別なことをするのと

知っていること、できることと比較し

できることを使ってゴルフをするという発想を最大限に生かす事では

もちろん知っている、すでに体得している技能を流用する方法のほうが、極めて人間的ですし、そのほうが明らかにあなたのゴルフの上達にとってはありがたい発想なのです。

ゴルフとあなたの知っているスポーツ、或いは日常生活の何気なく行っている動作、何が似ていて、何が異なっているのか。

また、他のスポーツと比べて、ゴルフの何が難しくて、何が簡単なのかを少しの時間を費やして考えてみて欲しいのです。

自分の中で

ゴルフに対して誤解していた要素が浮き彫りになるだけでなく

ゴルフに対して自分自身ができることが数多く見えてくるだけでなく

極めて効果的に、極めて単純にゴルフができる

ことに気づくはずです。

練習場に行きやみくもにボールを漫然と打ち続けるよりも、こうした時間を作り、客観的に情報を整理し、必要で理に叶った知識として記憶をしておくということの方が大切ですし、あなた自身にとっても極めて価値の高いものになるのです。

そして、その過程で「無駄」と判断した情報を適宜削ぎ落として行ってほしいのです。

なぜなら、ゴルフに関する多くの情報が、無駄な情報、あるいはマイナスな情報なのですから。

私の説明を鵜呑みにしないで、ご自身で考えてみると、今まで常識と信じ込んできたことの多くが、無駄かマイナスであることが、あなた自身で判断できると思います。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.