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ゴルフ・スウィングを変えるということは実は習慣を替えるということなのです


既存のゴルフ・レッスンを読むと、どこか一部分の形を変えることで、いとも簡単にスウィングを替えられるように書いてありますよね。

うまい話の大売出しのようです。

元々こうすれば上手くなるとか、1ヶ月で100を切るとか、字面(キャッチコピー!)としてはとても魅力的なことが目白押しなのがゴルフです。

でも、ちょっと待ってください。

「ゴルフは特別」で「ゴルフは難しい」のではなかったですか?

都合のいい解釈が多すぎますよね。

なかなかうまくできないのは「ゴルフは難しい」からでしたよね。

なんだか、実際は心地よくないし

窮屈で辛い形を作らなくてはいけないのは

「ゴルフは特別」だからだったですよね。

でもそれと同時に、ちょっと何かを変えたら夢のように上達するという記事を本気で信じちゃうのですか・・・・?

普通に考えれば性格破綻。思考能力ゼロというやつです。

かなりうまい話だなとその記事を読んでみると(見てみるとですかね・・・読解力を必要とする情報などほとんど皆無ですから・・・)

またまた写真を掲載し、写真の形を説明しそれで終わりなのです。

何ら革新的なことではないですし(確かにキャッチコピーは斬新ですが・・・これにものすごく情熱注いでますから!)

これまで何十年も同じように語られてきたことを

モデルが替わり

言い回しを替え

相も変わらず、違うところばかりを重箱の隅をつつくように探し

ちょっと『科学的』に見えるように、角度や形の話が入り

ご丁寧に写真に線まで引いてくださっている。

『~理論』と銘打ってある

だけのことなのではないですか?

もちろん、掲載された写真に対する説明は間違ってはいないのです。

何故なら、写真の形を説明しているのですから、形の説明においては間違うわけがない。

そして、ナイーブなゴルファーである読者は「わかった!」と叫ぶのです。

確かに、わかったのでしょう。

でも、何がわかったのかということを冷静に考えるなどということをしないのがゴルファー特有の反応なのです。

ある写真を見せられ、その形を説明され、その形が何であるのかということがわかったに過ぎないのですよ。

でも、あなたはレッスン書を自分のゴルフ上達のために読むんですよね?

形がこうなっているという情報を得るために読んでいるのですか?

そうであれば、レッスン書など観なくても、トーナメント中継を録画して、一時停止を押して、自分自身で観たらいいじゃないのですか?

きっと、こうした類に情報ばかりが『ゴルフレッスン』として氾濫しているので、それこそがゴルフ上達に必要なのだ!!と信じていらっしゃるのでしょうね。

しかし、残念ながら、その信じ込みは単なる信じ込みなのです。

残念ながら、表面上に現れた形がわかるということと、できるということとは何の関係もないことなのです。

写真を見ることそのものが本質的には悪いとは言っているのではないのです。

その写真に現れた現象が、そもそも問題解決に寄与するのかどうかの判断基準も持たずに何でもかんでも鵜呑みにして取り入れようとすることが問題なのです。

問題解決に寄与しようが寄与しなかろうが写真の説明がわかれば良いという低俗なものをゴルファーは求めているのでしょうか。

そうではないはずです。

「まあ、知っていても損はないじゃない」「飲んだ時の薀蓄にでも取っておけばいいじゃない」なんて、思う方もいらっしゃるのでしょう(ご注意ください。それで悪影響を受けてしまう人だって居るのですよ。あなたが仲間内でゴルフの上手い人とみなされているのなら次の読みものを是非お読みください。

でも

そうではないのです。

いいわけないのです。

実は人間の動作の場合、寄与しないものは全て害なのです。

普通の言葉で言うと、注意力散漫というものです。

残念ながらレッスン書に書かれていることの多くは、この注意力散漫を引き起こすだけの問題解決には寄与しない情報なのです。

つまり、害なのです。

しかし、それを書く方も読む方もわかっていないのです。

動作というのは脳から神経系を通じて体に指令を送ることで起こります(少なくとも随意運動:意図して行う動きに関してはそのルートを使います)。

ですから、何も寄与しないことに関しての指令を脳から体に送ること自体が、本来行われることに対しては「邪魔者」になってしまうのです。

そして、その「邪魔者」ばかりを多く取り込んだ末に混沌としているゴルファーが余りにも多いのです。

自分自身がその場で何をやろうとしているのかが全くわかっていないし、自分自信の体に対してもそれを伝えられていないのです。

それで上手く行かないからもっと何でもかんでも取り込んで行かなければいけないと、もっと邪魔者を増やしてゆくのです。

それも、できるかできないか?

有効か有害か?の判断もせずに取り入れてしまっているのです。

それでは、いくら優れた機能を持った人間の脳でさえもフォーカスを失い、本来やれることもできなくなってしまうのは当たり前のことなのです。

その結果としてより混沌としたゴルファーが誕生するのです。

そして、その大きな手助けをしているのが、レッスン書であり、ゴルフ雑誌のレッスン記事であり、仲間内の受け売りなのです。

こうした、レッスン記事などに対する「鵜呑み」、「無作為な情報摂取」は殆どの人が気づいていないゴルファーの顕著な習慣なのです。

そもそも、比較的単純に司れるはずの動作を、写真として解体し、分析し、その形を作ることで上達すると信じていることが非常に的外れの考え方であると言うことは、私のHPのほかのページを読んでいただければ更に明確に理解ができるはずです。

少なくとも、何の理由も挙げずに『大事なのだ』とか、『皆がやってるから』などということを理由にして説明はしていないから、納得しやすいはずなのです(笑)

多くのゴルファーの思考回路やレッスン書のフォーマットそのものが、人間の機能や人間を取り巻く様々な要素を無視した悪習慣なのです。

どれだけ、正しいことをしようと頭で考えても、どれだけ打ち方だけを考えて練習しようとも、実際のショットに関しては、すでに身についてしまった習慣に大きな影響を受けてしまうのが人間なのです。

どういうことか一つの例を挙げて説明してみましょう。

練習場で正しく考え、ショットを打つ前に全てやろうとしている感覚を作り、それに自分が素直に従うことと考え、しっかりプレショット・ルーティンでイメージを作って練習をしている。

実際練習場でのショットでは、そこそこできるようになってきた。

そして迎えた本番。

打ち上げのパー4のセカンド・ショット。

比較的長いクラブを使わないとグリーンに届かない。

右サイドはOBゾーン。

球は上げたいし、右は嫌。

それでも打ち上げだから目線は自ずと高くなる。

ミスをしやすい状況だからきちんとやろうとする。

それでも、練習ではプレショット・ルーティンでしっかり事前の感覚を作ることに専念しているから、もちろん、イメージは体に伝えた。

しかし、しかしである。

「ミスをしやすいからきちんとやりたい」という想いが、既存の習慣である、セット・アップでちゃんとしてしまう

ピタッと止まってしまう自分を誘発してしまう。

結果として折角作ったイメージは霧散。

体は何をやって良いかのイメージを無くし、打ち上げだから振り上げる、体は開き、良くてチョロ、悪くすれば左上がりのライにも係わらずボールは右へすっぽ抜けてOBゾーンへまっしぐら、と言う結果になるのです。

(ちなみに、こうした場合の右すっぽ抜けスライスも、既存のレッスンでは「原因は右腰が開いてフェースが開いてインパクトしたから」ということになるのですよ。

そうしたミスショットを犯した時のスウィングの写真を撮れば確かにそうした形が結果的に現れているのでしょう。

しかし、それは原因ではなく、現象なのです。

結果の形がわかったからと言って、この例に挙げたような極めて繊細な気持ちとパフォーマンスはつながっているのですから、形の情報を知ったからと言って何のプラスにもならないのです。

しかし、ゴルファーはその情報を記憶し、思い出して、本来の目的とは異なったことをやろうとして、注意力散漫になり、再びミスを犯すのです。

そして再び新たなうまい話に飛びつくという悪のスパイラルに陥るのです。)

この話はこれで終わりではないのです。

さあ、大きなミスを犯してしまった。

殆んどの場合、「何が悪かったのだろう?」と真剣に分析を始める。

これ、良く言えば分析ですが、悪く言えば、というよりも現実的には明らかに自分自身の粗探しなのです。

そして、自分自身をメンタル的に追い詰めていくことにもつながるのです。

つながるなどという易しいものではなく、実際にあなたを追い詰めるのです。

なぜなら、できない自分のことを一所懸命考えるということなのですから。

かなり練習でプレショット・ルーティンの重要さを理解して取り組んでいるゴルファーでも、「きちんとしたい」と考えた自分が、セット・アップで止まってしまうという元々持っていた悪習慣がミスを引き起こしたことを知らないから、「きちんとプレショット・ルーティンでイメージを作ったのに・・・おかしい」と悩み始めてしまうのです。

そうなったらもう好転するわけがないのです。

心に隙ができ、関係ないことばかりを考え始め、それに執心することで、本来やるべきことはどこかへ飛んでいってしまっているのですから。

つまり、習慣とは「気づかずにやってしまっていること」と言い換えても良いのです。

気づかずにやってしまっていることに気づくということは優しいことではありません。

ですから、実際にはレッスンが必要になる時があるのです。

自分自身はちゃんとやっているつもりなのに、実際にはやれていない事に気づかなければ治すことは不可能なのです。

本来やるべきことを正しく把握をしてその道筋に沿って構築をしていてもそうなのですから、元々本来の目的達成のために寄与しないことばかりで頭な中がいっぱいになってしまっているゴルファーが結果を出せるわけがないのです。

それでも、数多くのボールを打ち続けて打てるようになろうと努力することを私は無理やり止めることはしませんが、その方法論を採用するのであれば、毎日練習場に行き、それこそ500球くらい打ち、それを欠かさず3年位続けることが必要だと断言します。

ああ、それから年間150ラウンド程度のゴルフは必須でしょうね。

形や角度を考える暇が有るならば、自分自身の悪習慣を知ることにフォーカスし、そのときの感覚を知ることに時間を使うことが大切なのです。

しかし、元々採用している論理であるとか、考え方そのものが人間として効果的な方法から大きく乖離してしまっている限り、何をどうやったら良いのかを知るすべがないのも確かなのです。

残念ながら、殆どのレッスン書には本来の人間の能力を最大限に活用するために取るべき術は書かれていません。

何故なら、写真の形で説明できる類のことではありませんし、それを書き表すには既存のゴルフレッスン書という概念を持った方々には極めて困難で荷が重い作業に違いないからなのです。

あなたがトーナメントの映像を観ている時に、素振りも終え、プレショット・ルーティンを行い、イメージを確立してセット・アップに入り、今にもスウィングを始めそうに見えた瞬間にプレーヤーがセット・アップをはずす映像をご覧になったことがあるでしょう。

あれこそが、イメージが切れてしまった、或いは、しっくり来ない感じを感じたときの行動なのです。

つまり、プレショット・ルーティンでその場でやろうと決断したことをできる感じを作り出し、その感覚に頼ってショットをしようとしたものの、その感じが無くなってしまったということです。

そもそも、多くの一般ゴルファーにとっては

事前に打てる感じを持って打つという事が不可思議なことで

ショットは「打ってみなけりゃわからない」

的なものでしょうから理解に苦しむかもしれませんが、上級者やプロゴルファーにとっては

打てる感じを持って打つということは当たり前のことで

その感じが持てないショットは実行しない

と言うことは常識なのです。

何故なら

できそうな感じが無いということはできない

ということであり

できないことをやるということはミスショットになる

ということなのですから、それが常識なのは当たり前なのです。

レッスン書に書いてあるプレショット・ルーティンというものは、ある動作をステップ・バイ・ステップでショットごとにやることと説明されていますが、本質的にはそういうものではないのです。

PGAレベルのトーナメント・プロでも、難しい状況でのショットの前には、何度も何度も素振りを繰り返し、自分の動きと感覚とのコミュニケーションを図り、できる感覚を作ろうとしていることがありありと見えます。

つまり、プレショット・ルーティンとは動作をやれば良い。

イメージを一旦作ればよいと言うことではないのです。

その場で状況判断を適切に行い下した決断に対し、自分自身が事前に動き、できる感覚を作り出すために行う作業なのです。

そして、できる感覚が作り出せたら、すべてのロジックを捨て、その感覚のみにしたがって実行することが大切なのです。

事前に作り出したできる感じを保って、それにだけ頼って実行するということに繋げなければ意味が無いのです。

前述の例では、途中までは正しく行なってきたのですが、打つ直前になって「ミスをしやすいからきちんとやりたい」と思った瞬間に、構築したイメージは霧散してしまい、きちんとやることとつながった何らかの悪習慣が表面化してしまったということなのです。

それは知識で処理することではなく、ロジックで処理することでもなく、あくまでも、日頃から習慣として「事前に感じ、感じ続ける」ことを行っているから判断できる質のものなのです。

つまり、練習で習慣化していないことを本番で実行しようとしたところで実際には結果を引き出せることにはならないと言うことなのです。

であれば、(ある部分の形を変えることが動きの質を替えることにはならないので、そうした稚拙な方法は論外ですが)練習で一所懸命スウィングを替える努力をしたからといって、それが実際のショットに結びつくかどうかは、結局のところ、スウィングを替えることが、習慣を替えることになっているかどうかということにかかっているということなのです。

パフォーマンスというものは、単に動きだけではないし、メンタル的な要素だけでもありません。

あくまでも全体像に対し、すべてのことが繋がって構築されてこそパフォーマンスの向上につながるものなのです。

本や雑誌という2次元媒体のフォーマットで表しやすいからそれが実際の行動としてやりやすいということではないのです。

読解するためには、理解するためには複雑怪奇に様々な要素が関わりあい、相互作用しているのが人間のシステムなのです。

しかし、その方法によってこそ、実際の行動を起こす際には人間の体は極めてシンプルに、極めて高効率な行動を行うことができるのです。

ゴルフにおいては普段の練習から、

①狙っている感じ

②できている感じ

③そしてそれを保持したままショットを行えている

自分自身を感じ続けられていることを明確に認識できているということを習慣として確立していなければ、実際の場面においての効果は期待できないと言うことなのです。

更に言えば

その習慣をかなり突き詰めて練習し、実行したとしても

失敗が起こるということを認識し

失敗したときに部分部分の原因を探るのではなく

新たなショットに対し、正しい感覚をより明確に作り出し

それをより明確に保持したまま実行できている自分を表現することにフォーカス

を置かなければならないのです。

これまで結果としての表面上の形を緻密に模倣することがゴルフの上達に必要なことだと当たり前のように思われてきた方にとっては、かなりショッキングな科学的な研究の結果があります。

それを簡単に説明した読みものがありますので、是非お読みください。

お読みになっても、それでも”ゴルフは特別だから”と胸を張って言い続けることができるでしょうか?

実際のラウンドでは、これに加えて

正しい状況判断と

望むショットの可否の判断

可であればそのイメージを明確にするプロセスの実施と保持したままの実行

否であれば新たなショットの選択に対し正しいイメージの確立をする

という習慣が必要となるのです。

単に、部分の形がわかることなど、実際のスウィングやショットの遂行には全くと言って良いほど寄与しない要素のなのです。

スウィングを替えるということは、まさに習慣を替えるということだということを明確に認識しなければ、似通った状況での似通ったミスは常に引き起こされるのです。

© Copyright Koichiro Fujimoto, Ph.D. 2000-2015. All rights reserved.