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ゴルフをどう考えたら上達できるのか?


ゴルフをどう考えるか?

レッスン書に心酔して「わかった!」「なるほど!」を繰り返しているゴルファーはそんなこと考えたこともないのかもしれません。

しかし、ゴルフをどう考え、どう定義するかこそがあなたのゴルフの上達やゴルフを通じて得られる楽しさを大きく左右するのです。

この読みものにあなたが興味をお持ちになったり、納得をされたなら、是非お知り合いにこの読みものをお送りください。pdfでダウンロードできるようにしてありますので、ゴルフ仲間にお送りください。

ゴルフメディアが作り続けているゴルフの虚像を多くのゴルファーが鵜呑みにし続け、ゴルフが特別に難しく、本当は何の意味も無いどころか、上達の妨げにしかならないことを数多く習得しなければならないものだと信じ込むことで、苦しい思いをしているのです。

もちろん、一人一人のゴルファーの方が最終的に自分にとってのゴルフをどう捉えるかを私が強制するわけではありません。

しかし、ゴルフに関して私がこの読みものでお伝えしていることを、これまで考えたことも無いゴルファーが無数に存在し、それがために苦しい思い、面白くないめに遭っている可能性は極めて高いのです。ですから、アイデアとして知っていただきたいのです。どうか、この読みものを広げてください。そして、興味をもたれたら、他の読みものも読んでみてください。

では、本文の始まりです。

あまり多くの皆さんが気付きではないでしょうが、巷に溢れているレッスンには隠された定義が存在します。

その定義とは?:

①平らなところで

②フルショットで

③(その時々で人々が注目しているプロゴルファーが打って)真っ直ぐ飛んだときの

④結果として表面に現れた

⑤説明に都合の良い部分の

⑥説明に都合の良いスウィング中のある一時点の

⑦形を

⑧写真と言葉を使って

⑨時系列で説明する

⑩上記①-③の定義に当てはまらないショット(たとえば傾斜とかアプローチショット、パッティングなど)は別技能として同様の説明を行う

というものです。

どうです?そういわれてみればこれらの枠に当てはまらないレッスンってお目にかかったことがないでしょう?

ところでこの説明に都合の良いところだけを抜き出して使うという行為、科学で言えばデータの捏造以外の何物でもないのですよ。

もし、これが都合の良いところばかりを抜き出したのでなければ、殆どすべての数字絡みの情報が「きりの良い数字(90°とか水平とか垂直とかです)」であるということは、確率的にあり得ないのです。

読者に『なるほど』と、『わかり易い』と思い込ませ、深く考えないように(作為的かどうかはともかく)仕向けているとしか考えようがないのです。

そして、その形の全てをゴルファーが

⑪写真の形とそれを説明する文章で記憶し

⑫適宜思い出しながら

⑬意図的に実践するものなのです。

⑭さらに、平らなところからの真っ直ぐのフルショット以外は、新たに別技能として記憶する事が必要で、

⑮番手によって技能は異なり、それら全てを習得する事が並列的に大切だ

というものです。

もちろん明記はされていませんし、もしかしたらレッスン書を作成している方々たちも、それを読んで勉強をしてレッスンをしているレッスンプロやインストラクターの方々も全く気付いていないのかもしれません。

しかし、実際にレッスン書を形成している考え方を簡単に列挙するだけでもこれだけの定義が存在しています(もちろん実際にはもっともっと多くの信じられないような定義が存在しているのです)。

多分ほとんどの方がこうしたことは考えた事も無いと思いますが、この分析は真実から大きく外れているものではないことはお分かりいただけると思います。

ゴルファーの多くは、そんなことには気付きもせずに、一つ一つの項目の説明の明快さによって(写真とその写真の説明ですから、とても明快です)納得させられてしまっているのです。

では、こうした定義がどれだけゴルフのゲームの定義を考えたときに有効かを考えてみましょう。

もちろんゴルフレッスンというのはゴルフのゲームの上達を促すため(ですよね?)に行うことですから、ゴルフのゲームの定義を考慮しないで成り立つわけがありません。

ゴルフのゲームの定義(18ホールのストロークプレーの場合)は、そのルールからも決められている通り(かなり定義を簡素化していますが、最低限これくらいのことは考慮しておかないとだめでしょ?ということです)

①ゴルフコースで

②ゴルファーが14本のルールで認められたゴルフクラブを使い

③基本的には試技は毎回一回だけボールを打ち

④18ホールを

⑤できるだけ少ないストロークで回るゲーム

というものです。

更に、ゴルフコースの特性としては

①自然の中で

②様々な傾斜や障害物が設置され

③毎回異なった条件の中でボールを打つことを要求されるゲーム

と定義して問題ないでしょう。

そうしたゴルフというゲームの特徴を考えたときに、果たして多くのゴルファーが鵜呑みにして、ありがたがり、上達を切望し練習に励んでいる、既存のゴルフレッスンの定義と言うのは有効なのでしょうか?

仮に、1ラウンドのゲームの中でゴルファーが対峙する状況が

①14本のクラブを使う

②傾斜の種類が5種類(平ら、前上がり、前下がり、左足上がり、左足下がり)

③フルショット、ハーフショット

の組み合わせだけで対応できたと仮定して考えてみましょう。

そしてゴルファー側が動きに関して記憶及び意識しなければならない項目が

①グリップの握り方

②セットアップの方法

③バックスウィングの始動の方法

④トップの形

⑤ダウンスウィングの降ろし方

⑥インパクト時のポジション

⑦フォロースルーの振り方

⑧フィニッシュの形

という極めて簡素なことだけに留めておいたとしましょう。

では、その中でゴルファーの課せられたことは・・・単純に掛け算をすれば良いのですよね。

14x5x2x8です。

どうです?暗算できない数ですよ!!

これだけ単純化して考えても、何と1120ものことを覚え、その中からその場その場で必要なことを適宜思い出し、意識しながら実行しなければならないということになってしまうのです。

実際には、もっともっと多くの要素が存在するのがゴルフのゲームで、多くのゴルファーがもっともっと多くの項目を習得しようと試みているのが現実なのです。

もちろん多くのゴルファーが一項目ごとの単純さに惑わされ、実際に自分自身がこのような選択をしてしまっているということにお気づきではないのでしょう。

こうして考えてみると、あなたが『簡単』『わかり易い』と思い込んでいた情報は、それでもあなたにとって『簡単』で『わかり易い』情報でしょうか?

もちろん、「それでも私にとっては、この方が『簡単だ』『わかり易い』と信じ続ける」のでしたら、私はあなたにはもう何も言いません。

どうぞ一生

時折出る良い当たりがゴルフの楽しさだと信じ

練習場で下を向いて、マットに沿って黙々とボールを打ち続け

ミスショットをレッスンのうんちくで弁解し続けるゴルフ人生をお送りください。

私がもっと危惧していることは、レッスン書を書いている人や、実際にレッスンを行っているひとたちも、こうしたことを考えたこともなく、一般のゴルファーの方々をこうした道へと引きずりこんでいるということなのです。

そもそも、気づかないことは治せない。これは考え方でもゴルフスウィングでも同じことなのです。

これだけでも随分と理に叶わないことをやっているのだなと感じる方も少なくないと思いますが、実はもっと重大な問題が存在しているのです。

ここまでの説明で使った論理は、レッスンで言われている事が実際に有効だとしたらという前提の下に説明をしたのです。

しかし、現実には既存のゴルフレッスンが考慮していない極めて重要な要素が多数存在しているのです。

その中で、最も見逃す事ができない要素が、脳の機能の無視と物理的事実の無視、或いは歪曲、そして、人間の機能の無視なのです。

私のバックグランドからすると、この3つの要素は人間が地球上で行う動作を説明するときに、考慮しない限り、その説明は全て嘘であると言わざるを得ないほど重要な要素なのです。

そう考えた場合、皆さんが鵜呑みにして信じ込んでいる既存のゴルフレッスンはどうなのでしょう?

信じて努力をする価値があるものなのでしょうか?

これはご自身で真剣にお考えになって、自分なりの答えを出したほうが良いと思います。

こうした大切な決断は、人任せにせずに、あなた自身が考え、答えを出すべきなのです。

私が考えるゴルフとは、ゴルフのゲームの定義を考慮した中で、如何にゴルファーがゴルフのゲームを効率よく行うかという事を念頭において論理展開をするというものです。

こう書くとずいぶんたいそうなことのように感じるかもしれませんが、人間は通常こうした要素を常に考えて行動しているものなのです。

平たく言うと、「人間がやり易いようにやって行こうよ」ということなのです。

(こんな考えを持つ私を、ゴルフ業界は異端児と呼ぶのです。不思議でしょ?)

ゴルファーがゴルフのゲームで求められていることは

如何に各ショットを打つ状況で適切なショットを選択し

その場で選択したショットを一打でそこそこの結果を引き出せるのか

という事ですから、もちろんその目的を達成することだけを考えて行います。

そして、その目的を達成するために人間として最も効率の良い方法を作り上げて行こうということなのです。

既存の方法論とは全く異なった定義でゴルフに関しての論理展開をしていますから、もちろん方法論も異なってきます。

一見、同じようなことのように解釈できるような事もあるかもしれませんが、同じ意味では在り得ません。

私が言っているのは、その方法論を使ったときに既存のレッスンで常識とされているような結果としての形が現れないということではありません。

①各ショットの目的を効果的に行ったときに、結果的にレッスン書に書かれているような形が現れることがあるということを完全否定しているのではなく、その形を、そもそもの目的として作るという方法論に異論を唱えているのです。

②各ショットに明確な目的を設定して

③目的を達成するために必要なことをその場で作り出し実行する事ができるようになるために

④できる限りの複雑さを排除し

⑤一人一人の持っているバックグランドを考慮し、積極的に活用して

⑥既にもっている能力を最大限に活用し

⑦殆ど全ての人が既に体得している極めてシンプルではあるものの、極めて効率よく人間の機能を稼働できる要素をゴルフに対して活用し

⑧それをベースにして、様々な状況に対して適切な対応を自分自身が作り出すことを可能する技能を構築しよう

ということなのです。

こうして文章として表すと、極めて複雑で困難なことのように感じるかもしれません(それに比べて、既存のレッスン書の表記の何と単純明快なこと!!誰でもすぐに「わかった!」と思うのは当然のことですね)。

しかし、こうした一見複雑なことをいとも簡単に成し遂げているのが人間のもつ素晴らしい機能なのです。

上で説明したシステムを実例を挙げて説明してみましょう。

きっと、それこそ「なるほど」と思われることでしょう。

多分、誰でも何気なくゴミ箱にゴミを放って捨てた事が有ると思います。

そのとき、あなたは殆ど何も動きや形に関して考える事も、事前にそれについての言葉を覚える事もせずに放っているのです。

では

①あなたがゴミ箱にゴミを放るとき、ゴミはいつも同じ形、同じ重さですか?

②ゴミ箱とあなたの距離や方向はどうですか?

③あなたが立っている場所はいつも同じ条件ですか?

④あなたはいつもゴミ箱に対して同じように構え、そのとき自分が立っている方向をスパットを使わないと認識できませんか?

⑤距離感を腕の振り幅を替えることで調整しようと意識しますか

⑥ゴミの握り方をいつも確認しないと放れませんか?

⑦必ず立ち止まらないと放れませんか?

⑧自分が動き回っていた方が放り易いなどと考えますか?

⑨ゴミをゴミ箱に正確に入れるために、バックスウィングの方法や、腕を振る面を考えないとできませんか?

ゴルフでは全部記憶し思い出し、意図的に意識をしながらやらないといけないと信じ込んでいることの殆ど全てを、一瞬にして、そして、無意識にコーディネートしているのではありませんか?

それこそが人間のもつ素晴らしい能力なのです。

そして、それがゴルフにそのまま使えるとしたら、こんなに喜ばしいことはないと思いませんか。

でも、そんな事がゴルフでできるとは殆どのゴルファーは考えもしていませんし、実際レッスンでその能力があなた自身に存在していて、それをその場で引き出して、結果を一回で作り出しても、納得をしないのがゴルファーなのです。

普段は何も考えずに極めて複雑なタスクを実行している自分自身の能力は、ゴルフには使えないものだと、ゴルフは特別なのだと決めつけてしまっているのです。

だから、レッスン書に書いてあるような方法で、全てを行わなくてはいけないのだと信じ込み、本来もっている能力を排除して取り組む事が、ゴルフをきちんとやることになってしまっているのです。

「10メートルのパットは1メートルの円を狙え」など、とんでもない。

「10メートル先のゴミ箱にゴミを放るときは、1メートルの円を狙え」と言うのですか?

きっと、あなたの選択は

①絶対に入れてやると考え、入りそうな感じをしっかり作ってゴミ箱のど真ん中に入れる感覚で放るか

②入る感じがなければ放らない

の2つだと思いませんか?

そうであれば、何故、ゴルフは「10メートルのパットは1メートルの円を狙え」なのですか?

ダーツだって、輪投げだって、ビリヤードだって、キャッチボールだって同じでしょ?

何故、ゴルフだけは違うのですか?

ゴルフ以外であれば様々なことで狙い実行しているにもかかわらず、ゴルフはどうしてそれをスパットやセットアップの角度や、振り幅や、肘の角度やスウィングプレーンに頼らなければいけないと考えるのですか?

動きそのものにしてもそうです。

目的が明確になればあなたの身体はその目的が達成できるように動いてくれているのではないですか?

どこをどういう形にするかを写真を見せられて、言葉にしてくれないとわかりませんか?

例えば棒を放るときにそのグリップがどんな感じなのかをV字の指す角度で認識し、それも目で見て確認しないと、放れるか放れないかわかりませんか?

そもそも、ゴルファーは何のためにグリップを握るのかなどとは考えずに、グリップを握るということそのものが(レッスン書の見開き2ページ1項目のような)独立した一つのことと思い込まされているのではないですか?

握ることで、何かをしようとしているという目的が明確になっていないから、その握り方が正しいことなのか正しくないことなのかが解らないのではないですか?

同じ棒を放るという動作を考えても、棒を放る方向や棒を、例えば、人が受け取り易いように放るときと、できるだけ遠くに放るときでは、無意識に、その目的に則した握り方や投げ方をしているのが人間なのではないでしょうか?

そして、放るものの重さや形、方向や距離によって、それぞれその目的を達成できそうな感じに、あなたの身体を準備してくれる能力を持っているのではないですか?

それは人間の脳のもつ素晴らしい能力なのです。

そして皆さんは普段は当たり前のようにこうした優れたシステムを効率よく使って生きているのです。

しかし、ゴルファーの多くは、あなたの脳に自分自身がその場で何をやろうとしているのかについて、誤った情報を与えてしまっているのです。

バックスウィングの上げ方やトップの形を作れと認識させてしまっているのではありませんか?

一方、その評価をあなたは結果としてのショットで評価しているのではないですか?

何故ならレッスン書にはトップが決まればショットは決まると書いてあるから、そういうものだと信じ込み、実際に大切なこととは全く関係ない行動で、結果を引き出そうとしているのです。

きっと脳はきちんとトップを作る指令を出しているはずなのです。

そしてあなたが意図したトップを作ってくれているのです。

何故なら、あなたの脳はあなたが設定した目的を尊重し、それを実現させるためにしっかりとコーディネートするために一所懸命がんばってくれているのですから。

それにも係らず、あなたの評価はあなたが指令を出したこととは違うことで下しているのです。

脳はきちんと仕事をしたにもかかわらず、失敗だと判断されるのです。

そうした一連の行動はあなたの脳にどういった問題を引き起こすのでしょうか?

きちんと仕事をしているにもかかわらず、評価をされないのです。

失敗のレッテルを貼り続けられるのです。

その結果、何か良いものが、何か効率の良い物が育まれるのでしょうか?

そして、それをあなたは自信を持って実行できるようになるのでしょうか?

これは極論ではないのです。

多くのゴルファーがこんなにも不条理を自分自身に強いているのです。

そして、その方法こそが、レッスン書や雑誌のレッスン記事にゴルフの常識として、あなたの上達に不可欠なことであるかのように、書かれ続けているのです。

近年、高速ビデオやコンピューターでの分析ソフトなどを使ったレッスンもしばしば目にするようになって来ましたが、いくら使用する機材が進歩しても、そもそものソフトが全く理に叶っていないものである限り、意味はないのです。

そして、それを使っている人間が正しい知識を持っていなければ、宝の持ち腐れどころか、細かい部分がより見えてしまうがために、より多くの価値のないどころか害にしかならない情報が増大するのです。

知らなくても正しく実行できることを、わざわざ知る必要はないのです。

不必要なことを知るということは、無駄なのではなく、マイナスなのです。

リアルタイムでスウィングのビデオを観て、フィードバックを得たとしても、あなた自身が得ようとしている情報が、バックスウィングの上げ方やトップの形では、何ら意味がないのです。

どうです、身に覚えがありませんか?

ここで説明したことは杜撰なゴルフレッスンの氷山の一角なのです。

こうした既存レッスンの問題はあまりにも多く、ここで全てをお話しすることなど到底不可能です(し、労力の無駄使いなので、しようとも思いません)が、様々な、ゴルフではそれが当たり前と信じて語られてきた事が、人間の不条理や物理の非常識なのです。

クラブを腕や手でコントロールできるということさえ、物理的には不可能なことなのです。

身体を水平に回転させて、捻転で飛ばすという事も、人間の体の機能を熟知せずとも、他のスポーツを考えれば絶対にありえない方法論なのです。

下半身を止めて上半身を捻る事がパワーの源だと言うのだったら、実際にあなた自身が椅子に座って下半身を止めて、上半身を捻ってパワーが作れるのかどうか試してみたら良いのです。窮屈で苦しいだけで、パワーのかけらも生み出さないはずなのです。

トップが決まれば本当にショットが決まるのか、試してみて欲しいのです。

本当に同じトップを作って、そこから違うショットが打てないかどうか試してみたら良いのです。いとも簡単に様々なショットが打てるはずなのです。

結果的に表面上に現れた形を作る事が正しい動きを作るという定義を守るために、他の全ての論理を無視して良いシステムになるわけがないのです。

形を優先するあまり、ほかの事は事実に全く反することを平然と語り、常識だと良い続ける事が良い事であるわけがないのです。

どう頑張っても、形を優先するために、人間の機能も物理的な現象をも無視し、効率の良い事ができるわけがないのです。

どうかあなた自身が真剣にこれまでゴルフの常識として鵜呑みにして信じきってきたことを、再考察して欲しいのです。

あなた自身のゴルフのために、そしてあなたの周りのゴルファーのために、そして未来のゴルファーのためにも、正しいことを伝え始めないとならないのです。

是非、この読みもののpdfをダウンロードして、あなたの周りのゴルファーの方々にお送りください。

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